|
■2002/05/02 (木) 法人税率のみの比較は無意味 日経新聞は税制改革にずいぶんとご熱心なようで、今朝の社説は「積極的税 制改革を提案する(中)」となっています。中というからには下もいずれ掲載 されるのでしょう。今朝の社説の内容は、連結納税付加税の撤回や研究開発投 資促進税制など、たいへんもっともな内容も多く含んでいます。もっとも、起 業家支援税制、特にエンジェル優遇税制については、税制でやるのがいいのか、 財政支出で支援するのがいいのかは議論がありそうに思います。今時流行らな い議論なのかも知れませんが、私は基本的に徴収すべき税は徴収すべきという のが原則であり(だから課税最低限の引き下げなども賛成)、政策は財政支出 で行なうのがスジであると思っていますので(決して硬直的に考えているわけ ではありませんが)、「活力」を錦の御旗に税制をいじろうという昨今の風潮 はいかがなものかと思っています。 さて、今回苦言を申し上げたいのは、日経がこの社説で、「企業は税負担が 軽いところを求めて動く」と述べ、法人税率をアジア諸国と比較して「高い」 ので「低くせざるを得ない」と主張している点です。たしかに、法人税率の引 き下げは企業活動の活性化に一定の効果はあるでしょう。それが世界的な趨勢 であるとも言えるかも知れません。 とはいえ、少なくとも前回の法人税率引き下げで、日本の税率も「欧米並み」 にまではなっています。交通機関やエネルギー供給といった産業インフラや、 治安や防犯、政情安定などの社会インフラの整備された国とそうでない国とを 一概に比較していいものなのでしょうか。税負担については受益との均衡で議 論すべきであり、単純にアジア諸国と税率のみを比較して「高い」というのは いかにも一面的ではないでしょうか。 そもそも、企業立地はさまざまな条件を総合的に勘案して判断されるもので あり、「企業は税負担が軽いところを求めて動く」というのも、非常に一面的 というか、ほとんど誤りでしょう。だいたい、日経は「企業は人件費の安いと ころを求めて移動する」というのがお得意のセリフだったはずで、まったくご 都合主義だという印象です。 ■2002/05/01 (水) 夫婦別姓法案またも先送り これまでも、すでに長きにわたってさまざまに姿を変え形を変えながらずっ と宙ぶらりんになってきた夫婦別姓の導入にむけた民法改正法案ですが、今国 会への上程もどうやら絶望的な状況になってきたそうです。依然として自民党 内に反対論が強く、法案提出に党の了承が得られないためだとか。 すでに、民間企業の中には通称として結婚前の旧姓の使用を認めているとこ ろもかなり見られるようになってきましたが、依然として戸籍名の使用を求め ている企業も多いのが実態です。これはなかなか部外者からの理解が得られに くいのですが、現実に通称の使用を認めるとなると、そのために必要なコスト がバカにならないのです。すなわち、業務上の処理は通称で行なう一方、税や 社会保険などの対役所関係の手続きは戸籍名で行なわなければならず、その区 別が煩雑なのです。たとえば、賃金の明細表や辞令などを通称で出す一方、法 律で保存が義務付けられている賃金台帳は戸籍名で記載しなければならないと いったことになるわけです。パソコンレベルで事務のできる規模の企業ならと もかく(それでも軽視はできないコストアップになりますが)、大型コンピュ ータを使うような規模の企業になると、そのためのシステム対応だけでも数億 円というコストが発生するといいます。 したがって、旧姓使用を拡大するためには、こうしたコストが企業サイドで 発生しないよう、旧姓で役所関係の事務が可能になるような法改正が不可欠と いうことになるわけです。今回またしても法案提出が先送りされるということ で、旧姓使用の普及もそれだけ遅れることになるでしょう。 聞くところによれば、自民党(に限らず民主党や自由党などでも)の「保守 系」の議員に反対論が多いとか。まあ、確かに反対論者の意見にも大いに一理 あることは認めなければなりません。しかし、反対論者のほとんどが高年齢者 で、ほぼすべてが男性であるということはどう考えたらいいのでしょうか。 結局のところ、強硬に反対している人がいずれは引退し、世代交代が進み、 女性の社会進出がさらに拡大すれば、いずれは成立することになるはずです。 であれば、「保守系」(本当の保守主義とは無関係だと思う)にももう少しの 先見性を期待したいところなのですが。 ■2002/04/30 (火) 日経の独善的税制改革論 今朝の日経新聞では、一面全面の解説特集を組んだほか、社説の全文をさい て税制改革を取り上げていました。その内容は、大半が政府税調の提示した 「論点整理」に対する批判です。日経が「税制改革によって『活性化』をはか るべき」であると主張しているにもかかわらず、論点整理は「増税ありき」で 「独善的」であり、日経のいわゆる「活性化」に反するからけしからん、とい うのです。しかし、これらの記事、読めば読むほど独善的なのは日経の方だと いう気がしてきます。 日経のいわゆる「活性化」「活力」というのは、結局のところは税制の所得 再配分機能を弱めよ、ということのようです。それが「がんばった人が報われ る」税制だ、というのですが、そのかたわらで二元的所得税にして金融所得を 勤労所得より優遇しろと主張します。金融所得を得た人の方が勤労所得を得た 人より「がんばっている」というのは、大多数の国民の価値観とは正反対でし ょう。こういうのを「独善」というのです。 あるいは、日経はデフレ対策として「活力」につながる減税を先行すべき、 と主張します。もちろん、それは大いに検討に値する案でしょう。しかし、こ れだけの大々的キャンペーンを張りながら、「財源」の問題となると、わずか 数行で「中長期的に税収増につながる経済活性化」を述べているに過ぎません。 少なくとも、これまで繰り返し行なわれてきた減税がおよそ経済活性化に成果 を上げていないのは事実であり、政府税調の石会長の「活性化減税といっても 何か有効なものがありますか」との発言の方がよほど事実をふまえています。 これに対して日経の反論は「俺があるというからあるのだ」という感情的なも のにすぎません。こちらの方がよほど「独善」というべきでしょう。 そして、小泉首相の記者会見での「税制改革は経済活性化に不可欠」という 一言を言質にとり、「首相がそう言った→経済財政諮問会議は首相の諮問機関 →諮問会議の意見は首相の方針」というはなはだ乱暴な理屈で「政府税調は首 相方針から逸脱」という見出しを立てています。まことに独善的とのほか言い ようがありません。 税制改革は重要課題であり、大いに議論が必要です。もちろん、マスコミも それぞれ見解があるでしょう。しかし、マスコミの大きな役割は、バランスの とれた報道で広く議論の材料を提供する点にあるのではないでしょうか。 /bear.jpg |