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■2002/06/14 (金) サッカーと経済を同一視するな 日経新聞株式面の「大機小機」欄は、匿名筆者の云いたい放題が読める面白 い(というか、可笑しい)コラムで愛読していますが、サッカーのワールドカ ップで日本代表が活躍していることを材料に、これが監督のチームづくりの成 果であると賞賛した上で、日本経済も同様の施策を断行すべきとの意見には笑 ってしまいました。 要するに、日本代表が強くなったのは、力の衰えたベテランをひっこめて、 潜在能力のある若手を抜擢して競わせたからである、と言って、それに引きか え日本経済、日本企業はといえば、競争力の衰えた古い産業を温存し、あるい は中高年を抱え込んでいるからダメである、古い産業や中高年はどんどん整理 して切り捨て、新しい産業や若手を重用すべし、と主張するわけです(このと おりの文章ではありませんが、言いたいことはそういうことでしょう)。さぞ かし「自分は役立たない中高年がいるせいで力が出せない、冷遇されている」 と不平不満をためこんでいる人が書いたのでしょう(だいたいそういう奴は自 分が思う半分も実力がないことが多いのですが)。 まあ、比喩は特段論理的根拠にはならないということは別としても、この例 え話が非常に乱暴なものであることは一読して明らかです。そもそも、ナショ ナルチームが出場するワールドカップと国家経済とを比較することからしてお かしい。ナショナルチームは国のトップレベルの選手ですから、同じくトップ レベルの企業と比べるのがスジというもので、であればソニーやホンダ、キヤ ノンなど、世界でもトップクラスの業績と評価のある日本企業もそれなりに存 在します。トップクラスをつくる戦略とボトムも含んだ全体を強化する戦略と はおのずと異なるのが当然でしょう。さらに、サッカーのナショナルチームが 強くなるためには、その下のプロリーグ、二部リーグ、社会人・実業団や大学・ 高校のチーム、さらには草の根の少年チームなど、裾野の広がりが重要である ことも言を待ちませんが、これらは当然野球やバレーボール、バスケットボー ルなどと言った他の人気スポーツとのバッティングになります。その時に、も う野球は衰退スポーツだからダメだ、といってチームやグランドをつぶしたり しているでしょうか。 これだけの活躍を見ると、これからサッカーを引き合いに出していろいろな ことを言う手合いが増えてくるでしょうが、慎重に受け止める必要がありそう です。 ■2002/06/13 (木) 勝負に対する考え方 サッカーのワールドカップは、チケット販売の不手際などもありましたが、 日本チームの健闘もあって、なかなか盛り上がっているようです。グループリ ーグが終盤にさしかかり、勝ち上がる国が次々と決まって、前半の山場という 感じになっています。 さて、グループリーグというのは勝ち点制で、勝ち点が同じなら得失点差と いうことらしいのですが、この勝ちが3点、引き分けが1点というシステムが、 引き分けが多いサッカーの特徴によく合っていて、なかなか面白いように思い ます。 その一方で、最終戦を待たずして敗退が決まってしまったようなチームは、 最終戦に勝ち上がりがかかる国に対して「無理をしない」という傾向があるの だそうです。それは一種の「マナー」なのだとか。今回の大会でも、最終戦で、 ここを勝ちか引き分けで勝ち上がりが決まる国とすでに敗退が決まった国とが 対戦し、互いにまったく無理をせず、日本的にいうなら「あうんの呼吸」で0 対0の引き分けという試合があったのだそうです。敗退が決まった国は勝ち上 がりのかかる国のジャマをしない、そして勝ち上がりをかける国も「相手も負 けたくはないだろう」ということで引き分けた、というわけです。 かつて、将棋の米長邦雄先生だったと思いますが、何かの記事で「相手にと って重大だが、こちらにとってはどうでもいい対局こそ、全力で勝ちにいかな ければならない」と書いてあったのを記憶しています。なぜかといえば、ここ で手を抜いて負けたら「勝負運が落ちる」からだ、というわけです。相手は挑 戦権や昇級がかかっていて、こちらは陥落がすでに決まっているというような 対局は、向こうは好調で運に乗っており、こちらは不調で運に恵まれない、だ からこそ、ここで勝てば向こうの運がこちらに来て、こちらの不運が向こうに 移るということのようです。 このあたり、「運」といったものを重視するかどうかの違い、もっといえば 勝負観、人生観の違いなのでしょう。とはいえ、見るほうとしては立場がどう あれ真剣勝負で好試合を期待したいものです。 ■2002/06/12 (水) 何もかも国費でという連合の暴論 今朝の日経新聞に、雇用保険見直しに関する労使双方の事務方トップのイン タビューが載っていました。 まず驚いたのは、日本経団連の矢野専務が「料率引き上げの弾力条項の発動 については、前回法改正時に政労使で議論して決めたことなので、反対はしな い」と発言していることです。当然日本経団連は負担増には反対なのだと思っ ていましたが、ちょっと意外でした。これが実現すれば当面の資金不足はほと んどまかなえる計算になりますから、これは厚労省にも財務省にもありがたい 見解でしょう。日本経団連としては、それに加えて、国庫からの支出や給付の 見直し・抑制なども実施して雇用保険財政の安定化をはかるべきとの考え方の ようです。それなりにバランスのとれた見解といえましょう。 連合の草野事務局長の見解には改めて驚かされました。端的に言えば給付抑 制も料率アップもまかりならぬとした上で、財源不足分はすべて国庫からまか なうべきだ、ということでしょうが、さすがに非現実的な議論ではないでしょ うか。しかも、むしろ失業給付の給付日数延長も求めたいとのことです。さら に、失業給付が再就職を抑制するという指摘についても「働く人は皆、誇りを 持っている。失業者は一日も早くきちんとした仕事に就きたいと思っている」 と反論していますが、これでは反論になっていません。言いにくいことではあ りますが、その「誇り」「きちんとした仕事」というこだわりが強いことが、 再就職が進まない要因のひとつでもあるからです。そこを妥協して再就職して もらうためには、あまり給付が手厚いのが具合が悪いわけです。草野氏の主張 は、失業者のこだわりを満足させる仕事がみつかるまでは手厚く給付せよとい うに等しく、それは単に非現実的であるにとどまらず、失業の長期化と増加を 招くことは明らかです。 同じページには、失業給付の給付方法を世代別に変える(若年は多く短く、 中高年は少なく長く)ことで、総額を3割減らせるとの財務省の試算も報道さ れていました。単によこせよこせと言うだけであれば誰でもできるわけで、連 合にも現実的観点から知恵を出すことを期待したいものです。 ■2002/06/11 (火) やはり簡単ではない職務給導入 日経新聞は毎週月曜日の朝刊に1ページをさいて「ひと・仕事」の特集を組 んでいます。毎週なかなか苦心のうかがわれる紙面で楽しみに読んでいるので すが、さすがに毎週1ページを埋めるだけの材料はそうそうないようで、往々 にして水ぶくれ感のある記事が見られるのが残念なところです。 今週は「職務給制」を導入する企業が増えている、という記事が掲載されて いました。もっとも、職務が同じであれば能力や成果の如何にかかわらず賃金 は同額、という本当の意味での職務給というわけではないようで、賃金要素の 中の職務給部分が拡大している、ということのようです。 ジョブグレード別・成績別のテーブルで賃金を決める職務給制度は、一見し て経営感覚に一致した合理的なものに思えるわけですが、現実にはジョブグレ ードの設定や更新が非常に困難をともなうことや、職務分掌の硬直化を招きや すく、柔軟性を失って生産性が低下するなどの問題点があり、それほど簡単な ものではありません。また、責任が重い仕事であれば当然に賃金も高くあるべ きという考え方が必ずしも妥当ではない(賃金は低くとも、責任と権限のある、 やりがいのある仕事をやりたいと考える人は多い)という根本的な問題もあっ て、ほとんど普及していないのが実態です。「アメリカは職務給」という思い 込みは依然として強い(かつては事実そうだった)わけですが、実態を見ると アメリカでも主流は幅広のブロードバンド職能給に移りつつあります(これは 記事の中でもコンサルのコメントとして紹介されています)。 そういう目で見ると、記事には、職務給導入事例として大手企業9社を掲げ た表があるわけですが、9例中6社は対象が管理職クラス以上に限られており、 組合員クラスにまで広げている例は2社(残り1社東芝の例は、賃金制度設 計の権限をカンパニーに委譲し、「職務給導入を可能にした」というもので、 そもそも事例として適当かどうかも疑わしいもの)しかありません。やはり、 ジョブグレードを設定、運用できるのはある程度以上のポストに限られるのが 実態ということでしょう。 こうしてみると、実務家にとっては職務給導入の難しさの方がより感じられ る記事になっているとの印象を持ちました。 ■2002/06/10 (月) 「ツメを隠すタカ」はいらないか 今朝の日経新聞に、花王社長の後藤卓也氏のインタビュー記事が掲載されて いました。内容は経営一般にわたるものですが、人事制度にも触れられていま す。「成果主義や会社業績に連動する給与・賞与体系も五年がかりで導入した が、単なる資格や能力だけでは評価しない。『ツメを隠すタカはいらない。成 果が伴わなければ無意味』と言い放つ」と記事は述べています。 これはもちろん、「みんな優れた能力を持っているのだから、それを存分に 発揮してより良い成果を出してほしい」というメッセージなのでしょう。社内 に向けてこう発言されるときには、その趣旨はきちんと伝わっているものと思 います。 ところが、これが社外向けの記事で、しかも「言い放つ」という表現で伝え られると、一変してドライで冷酷な印象に変わってしまいます。さらに、この 給与・賞与体系の導入が「余分なコストは徹底的に排除する」ことの唯一の事 例として引かれているのですから、なおさらです。 もちろん、花王の賃金制度改定が「余分なコストの徹底的な排除」のために 行われたものではないであろうことは、常識的に考えれば明らかです。経営不 振の企業が人件費減らしのためになりふりかまわずやる場合は別として、普通 の企業はモチベーションの向上のために賃金制度を変更するのであり、社長が 賃金制度改定の目的としてコストダウンを第一にあげることもありません。ま してや花王の経営状態はきわめて良好であり、おそらくは賃金制度改定にあた っても賃金が大きく下がるような人が出ないように、かなりの「持ち出し」 (コストアップ)で実施していることは容易に想像できます。そうでなければ 労組も改定に同意しないでしょう。 そもそも、「ツメを隠すタカはいらない」というのもおかしな話で、「能あ るタカはツメを隠す」のはツメを最大限効果的に使うためです。本当にいらな いのはツメのないタカでしょう。ツメを隠しているタカはすなわちツメのない タカとみなすというのは人材活用の観点からはお粗末といわざるを得ません。 大切なことは、ツメを出して成果を出す場面がなるべく多くなるようお膳立て をすることです。 もちろん、後藤氏もそういう趣旨で云っておられるはずです。それを捻じ曲 げて書く、あるいは自分の思考回路でしか理解できない記者に問題があるので す。 |