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■2002/06/28 (金) 国内植民地化計画 「諸君!」7月号を読んでいたら、東大の松原隆一郎教授が、宮崎哲弥氏と の対談で、面白いことを云っていました。いわく、「歴史的に後れてきたアメ リカは、たいした海外植民地を建設できなかった。そこで彼らは国内に植民地 を作りました。外国から移民を連れてきて、つねに新しい最下層民を再生産す るというやり方です。それで単純労働は常に低賃金で行われている。何も中国 まで工場を移転しなくとも、低賃金労働者は国内で常に補充されているんです ね」。たしかにごもっともで、アメリカ人は当初は奴隷貿易でアフリカから強 制的に移民を連れてきましたし、ある時期からは経済的に発展したことから、 放っておいても移民が入ってくるようになりました。今でも、基本的に単純労 働の外国人労働はできませんし、ましてやその移民は禁止されているわけです が、実態としては彼らの低賃金労働は社会的に必要とされているので、結局の ところは黙認し、ある程度のところで徳政令を出しています。さらに、いまだ に奴隷貿易で連行されたアフリカ人の子孫は、いわれのない差別によってその 多くが低賃金労働に従事しています。再生産というより拡張に近いものがある ように思われます。 そして、宮崎氏がこれに対して「国内植民地化政策は、少子高齢化が急進す るわが国でも一部導入されるでしょうね。『移民を入れたい』が財界の本音で すから」とコメントしたのに対し、松原氏は「日本ではアメリカのように移民 を入れ続けて階層を維持するだけの社会システムや価値観をまだ持っていない から、問題が続出するに違いない」と述べています。たしかに、日本でも一部 の財界人、建設業や運輸業などを中心に、移民必要論が根強くあります。とは いえ、松原氏の指摘のとおり、まだその準備はまったくできていないに等しい のではないでしょうか。そういう意味では、日本経団連の奥田会長が以前から 「入れるにせよ入れないにせよ、早く徹底した議論をして国民的合意を得るべ き」と述べているのが正論ということになるのでしょう。 アメリカでは、低賃金労働に従事する移民が増えつづける結果、それに足を 引っ張られる形でいわゆる「プア・ホワイト」も増えつづけています。はたし て日本が同じ道を選ばざるを得ないのかどうか、たしかに議論が必要だと思い ます。 ■2002/06/27 (木) ブリジストン、成果主義を修正 きのうの日経産業新聞によれば、自動車用タイヤで世界のビッグスリーの一 角を占めるブリジストンが、成果主義人事制度の見直しを決めたそうです。評 価対象となる目標達成度を高めるために目標設定が低くなる、長期的な目標を 設定しない、評価に関係しない仕事をしなくなる、評価をめぐる競争で社内の 融和が乱れるなどの弊害が目立ってきたということで、とりわけ2000年8月の ファイアストンのリコール問題以来、評価につながらない問題対応に忙殺され ることで社内の閉塞感が強まり、管理職を中心に士気が低下していたそうです。 これまでの制度は、5段階評価の上位2ランク(全体の25%)が昇給の対 象となる一方、下位2ランクは昇給に較べて額は小さいものの減給されるとい うものだったそうです。さすがにこれはいくらなんでも厳しすぎる感じで、こ れでは、高い評価を得る、あるいは低い評価を避けるためなら、目標や達成度 をごまかしたり、互いに足を引っ張り合ったり、「おいしくない」仕事の押し 付け合いが起きるのも肯けます。 今回の改定は、まずは最低ランクを廃止する一方で、中間ランクをひとつ増 やして、5段階評価という意味では同じですが、上位3ランク(全体の50%) が昇給することとする一方で、昇給幅は圧縮しました。さらに、新しい最下位 ランクについては、減給額は従来の下から2番めと同額を実施するとしてはい るものの、「全体の5%を目安とするが、つけるべき人がいなければつけなく てもよい」ということにしたということですから、かなり例外的な位置づけに なったと言えそうです。ちなみに賞与についても同様に、増額する人を増やす かたわら増額幅を圧縮するという変更が行われたとか。 目標管理制度などは特に変更された様子はありませんし、5段階評価にも変 わりはないわけなので、要するに配分の問題ですが、少なくとも「昇給」とい う形で成果をポジティブに評価される人が倍増すること、それなりに努力して いるのに減給される人がいなくなることは、大いに職場の士気を高めるでしょ う。 他の企業でも、行き過ぎた成果主義を改める例が見られます。悪平等の弊害 はたしかにありますが、悪不平等の弊害はもっと大きいというのは、世の中の 常識にもよくあっているように思います。 ■2002/06/26 (水) サムエルソン教授の卓見 月曜朝の読売新聞「地球を読む」欄に、ノーベル経済学賞学者でMIT教授 のポール・サムエルソン氏の寄稿が掲載されていました。氏はまず、官僚によ る計画経済は失敗に帰し、市場経済の優位性が明らかになったことを述べたあ とで、次のように書いています。 「フランスとドイツが下降気味なのはなぜか。両国民の年間労働時間は、ほ かよりも短い。労使関係の柔軟性が乏しい独仏では、…コストの削減が阻害さ れている。労組の短期的な勝利の多くは、生産拠点がどこか別の場所に永遠に 移ってしまうのをただ早めているだけなのである」 「EU内での目下の『勝者』たちが、現代の米国式の経営を格別に愛してい るとは思えない。…九十年代の米国に急成長をもたらしたのは、米国に広く根 付いた非戦闘的な労働運動の大きな功績である」 これはなかなか興味深い指摘のように思います。とりわけ、米国式経営を礼 賛し、その模倣追随を主張するわが国の論者は、ぜひとも傾聴してほしいもの だと思います。氏は前段で英国について触れ、「英国は…サッチャー以後の英 国の改革課程は、英国をより市場に親しませることに成功した」ことが現在の 好調の理由だと述べています。氏はこれには触れていませんが、思い起こせば、 サッチャー前首相が最初に、そして最も強力に断行したことの一つは、強硬な 労働運動を徹底的に排除することでした。 氏はこのあと「目下のところ、限定された福祉を伴う民主主義よりも将来性 のあるものは、ほかに見当たらない。それは、幾分か野放図な性格を持つ市場 のエネルギーと効率性に、国の法律によって枠をはめるものにほかならない」 と結び、バランス、中庸の重要性を訴えます。「限定された」や「幾分か」の 程度がいかほどかは議論があるでしょうが、それはまさに国により、あるいは 企業によって違いがあってもいいのではないでしょうか。 こうした観点から考えると、わが国では、おおむねにおいて「中庸」は達成 されているかに見えます。さまざまな「改革」を推進する上で必要なのは、実 は案外、あちこちに残存している闘争的な労働運動を変えさせることなのかも 知れません。 ■2002/06/25 (火) 連合、ベア統一要求を廃止へ 昨夕の読売新聞によれば、この26日から開かれる連合の中央委員会で、来 年の春闘からベースアップの統一要求基準を廃止することが提案される見通し ということです。詳細はわかりませんが、「春闘改革」としての取り組みとい うことですので、来春闘に限らず、将来的に廃止するということなのでしょう。 賃上げ要求に関しては産別自決とし、連合は賃上げ以外に全組織で取り組む運 動課題を決定するという形になるようです。ここ数年、中小の賃上げが春闘相 場の形成役とされている金属労協の獲得水準をかなり下回る状況にあり、従来 戦術の有効性が低下しているうえ、傘下の組織が連合の目標を下回る要求基準 を設定するといった「造反」も目立つようになってきたことも見直しを迫られ る一因となっているかも知れません。 今後の具体的な共闘課題として想定されているのは、「労働時間管理の徹底」 「パート労働者の待遇向上」など、ということのようです。労働時間管理の徹 底というのは要するにサービス残業をなくすということでしょう。これはたし かに一部の組合員にとっては切実な問題になっているのかも知れませんが、し かし連合が全国共闘する要求項目としてはいかにも力弱い感があります。パー ト労働者の待遇改善にいたっては、そもそも連合(傘下の労組)がパート労働 者をほとんど組織できていない実態を考えれば、共闘課題として成り立つのか どうかも怪しいところです。実際、これまで連合がパートの賃上げ目標を掲げ ても、具体的に取り組んだのはごく限られた一部の労組にとどまっています。 まあ、連合はパートの組織化に強い意欲を示していますので、組織化促進の ために共闘課題としてパートの待遇改善を打ち上げるという側面もあるのかも 知れません。それはそれで労働運動の改善強化という意味で有意義でもあるで しょう。 とはいえ、先日の厚生労働省のパートタイム研究会中間報告も指摘している ように、パートの労働条件と正社員従来の労組員の労働条件とはトレードオ フにあることも一面の事実です。今回の方針転換が連合の組織力にどのような 影響を与えるのか、なかなか興味深いところです。 ■2002/06/24 (月) トップレベルの勝負では 国際サッカー連盟(FIFA)のエルジク審判委員長が、今回のワールドカ ップの判定について「懸念される審判のミスが一つ二つあった」「審判も人間 である以上は、ミスをゼロにはできない」と誤審を認めるコメントを公式に行 ったそうです。FIFAのブラッター会長自身も「明らかに得点というケース が2度あった。審判の選出や指名方法を見直す必要がある」とマスコミに発言 しているとか。確かに、韓国イタリア戦の退場の判定や、韓国スペイン戦 でのゴールキックの判定などは、テレビでも繰り返し放映されましたが、私の ような門外漢が見てもおかしい判定で、こうした明らかなミスが決定的な場面 で出てしまったことは、プレーのレベルの高さと較べるといかにも不手際と言 われても仕方ないでしょう。もっとも、ミスではなく意図的なものだったとい う言い分は、これはこれで多分にいいがかりという感じがします。決定的な場 面ばかりが強調されるのでそう見えているだけのことでしょう。 実力差の小さいゲーム、とりわけ小さなプレーの成否・巧拙が決め手となる 世界トップレベルのゲームでは、それだけに時の勢いや地の利、勝負運と言っ たものが大きく影響するのでしょう。これらの試合に関しては、ジャッジの技 量の拙劣さが有利に働いた韓国に運と勢いがあったということではないでしょ うか。そして、勢いも運も、選手の意地や気迫、そして何より熱烈な応援、声 援と無縁ではないはずです。 企業の人事でも同じことで、幹部クラスくらいまではともかく、それ以上の 経営陣クラスともなると、実力や実績だけではなく、運やめぐり合わせ、そし て人気といったものも大きく影響してくるように思います。良し悪しではなく、 それがトップレベルの勝負というものなのでしょう。 もちろん、どんなスポーツでもそうですが、サッカーも多分に審判の笛ひと つ(特にオフサイドとファウル)という面がありますから、その公正さに疑念 が持たれないよう十分な配慮が必要なことは言うまでもありません。FIFA 会長の発言もそれを念頭に置いたものでしょう。 企業の人事評価についても同様で、プロセスの公正さは保たれなければなり ません。しかし、結果に「運」や「勢い」が入り込んでくることは、それはそ れで避けがたいこととして受け入れる必要もあるのではないかと思います。 /bear.jpg |