■2002/11/28 (木) 破廉恥な米国の個人破産

 火曜日の読売新聞夕刊によると、アメリカの2002年度(2001年10月〜2002年9月)の破産申請件数は、前年度比7.7%増えて、なんと約155万件にのぼったそうです。増加したのは景気がよくないせいでしょうが、それにしてもあまりに大きな数字で驚かされます。うち個人は約151万人、企業は約4万件ということです。米国の人口は今2億数千万で、成人は2億人くらいでしょうから、およそ成人150人に一人くらいは破産申請しているわけで、成人してから50年生きるとすれば、生涯では平均して3人に1人が破産するペースという計算になります。まあ、何度も繰り返し破産する人もいるにしても、たいへんな多さというべきではないでしょうか。これはいくらなんでも破廉恥な実態だろうと思います。
 いっぽう、わが国は、2001年の個人の自己破産が約16万人ですから、成人5000人にひとりで、これはまずまず実感にあう数字でしょう。倒産件数は約2万件で、これは人口規模を考えると米国と同程度というレベルです。
 まあ、アメリカでは日本より容易に破産ができるという話もありますし、破産しても手元に残せるものは日本よりも多いそうですから、日本ほど破産が悪であるという意識は強くないのかもしれません。とはいえ、破産というのは基本的に借金を踏み倒すわけですから、あまりに悪の意識が低くなると社会としては問題でしょう。
 どんどんクレジットを利用する米国の消費文化にも原因があるでしょうが、こうしたことが許されるのも、世界に覇を唱える唯一の超大国だからなのかもしれません。

■2002/11/26 (火) 蘇州市訪問記(7)

 昨日の続きです。これで中国シリーズは一応最終回になります。
 万博招致については、2010年は中国、韓国のほかロシア、メキシコ、アルゼンチン、ポーランドが誘致を表明していて、まもなく開かれるBIE総会で開催地が決定される予定とのことです。中国とロシアが有力視されていましたが、ロシアは先日の劇場テロ事件で大きく後退したため、中国が最有力になったとの下馬評とのことです。
 それにしても、「少なくとも25億ドルを投じて5000万人以上という万博史上最高の入場者数を記録する」というのはなかなかの意気込みですが、このあたりはある程度話半分的に聞く必要があるようです。上海の浦東空港にしても、今はターミナルビルがひとつに滑走路が一本ですが、現地人ガイドによれば、「将来はターミナルビル4棟、滑走路6本に拡大する」計画なのだというのですが、ガイド自身が「まあ、中国は話が大きいですから、本当にそんな必要があるかどうかわかりませんし、ほどほどに聞いてください」と言うくらいです。とはいえ、その気宇壮大さはうらやましいものがあります。ちなみに同じガイド氏は、「中国は施設は立派だが管理はムチャクチャ」だと言って嘆いていました。具体的には道路からのターミナルビルの乗降路が2レーンしかなく、大変な混雑なのに対し、ターミナル前を通過するバイパスが4レーンもあってガラガラになっていることへの怒りだったのですが、「以前は到着客が乗り込むレーンがなく、重い荷物を抱えて遠くの駐車場まで歩かされていた」のだそうで、こうした身近なマネジメントが改善されないのに大きな話ばかりを聞かされても、という現場の嘆きはわかるものがあります。
 ガイド氏について言えば、今回のツアーで数人のガイド氏のお世話になりましたが、全員男性で、外国語によるガイドはインテリジェントな仕事として高いステータスを持っているようでした。そして、全員が「経済が発展し、仕事が忙しくなって嬉しい」「次回もぜひ自分を使ってほしい」と言ったのには驚きました。共産国といえば、なるべく自分は楽をして他人に働かせることを考えるものだということになっていましたが、変われば変わるものです。
 というわけで、やはり話に聞くだけでなく見てみなければ、という思いを新たにした出張でありました。

■2002/11/25 (月) 蘇州市訪問記(6)

 先週の続きです。
 まったくもって、中国の発展たるや、細かいところでまだ日本の優れた部分があることを確認して安心したくなるような圧倒的なパワーを感じさせられました。私も昭和30年代の生まれで、東京オリンピックや大阪万博の興奮、高度成長の勢いをそれなりに記憶にとどめてはいますが、今の中国は当時の日本と較べても、スケールの大きさがけた違いという感じです。蘇州市も、やはり経済活動優先の開発なのか、旧市街地は特に公衆衛生のインフラが未整備で、現地人ガイドに言わせれば、「旧市街では、商売は好調でおカネは懐にぎっしり入っている人が、おまるを持って歩いているような状況」とのことです。ちなみにおまるの中身は公衆便所に持っていって捨てるのだとか。ある意味では発展中の社会の象徴かもしれません。とはいえ、工業団地はすでに下水道なども含めて現在の日本と同等かそれ以上の整備ぶりで、ここでさらに雇用が増え、税収が上がるようになれば、旧市街地も急速に近代化されるでしょう。その近代化そのものが大きな経済活動ですから、中国経済の活況は当分続くものと思われます。
 万博の話をすれば、今回は往復とも上海市の浦東空港でのフライトで、そこから蘇州市まではバスで移動したのですが、上海市は2010年の万博に立候補しているとのことで、誘致を訴える大きな看板がハイウェイの沿道に多数並んでいました。わが国でも、2005年に愛知県瀬戸市で万博(愛・地球博)が開催される予定ですが、正直なところあまり盛り上がっていないというのが現実でしょう。それに較べると、上海市の万博に向ける熱意は並々ならぬものがあり、上海市当局は「少なくとも25億ドルを投じて5000万人以上という万博史上最高の入場者数を記録する」と意気軒昂だそうです。北京オリンピックから上海万博という流れは、わが国がかつて東京オリンピック、大阪万博と開催したことと見事に重なります。こうしたイベントが近代化の道程として意識されているから、これだけの熱意が出てくるのでしょう。ちなみにソウルオリンピックを成功させた韓国でも、麗水市への万博招致活動を行っているそうです。

■2002/11/22 (金) 蘇州市訪問記(5)

 さらにきのうの続きです。
 宿泊は蘇州シェラトンホテルという五つ星のホテルで、さすがに立派なホテルでした。外資のノウハウがしっかり導入されているようで、支配人は白人でした(ちなみに朝食は中華料理ではなくコンチネンタル・ブレックファストでした)。サービスも施設も非常に立派で快適、従業員もすべて英語OKと、まずまず申し分のないホテルだったのですが、細かいところを見ると、シャワールームから外に水漏れしたり、ラウンジでストレートとオンザロックと水割りがみんな同じ水割りのグラスで出てきたりするなど、若干の問題点もなきにしもあらずで、日本の五つ星ホテルではまずそういうことは考えられませんから、まだいくらかは日本の方にアドバンテージはありそうです。とはいえ、お値段はラウンジで3分の1くらいなのですから、はたしてアドバンテージといえるかどうか怪しいかもしれません。
 これは翌日のシンポジウムの会場も同じで、蘇州市の国際会議中心という施設で行われたのですが、なんでも主催者がホテルでシンポジウムを開催しようとしたところ、蘇州市政府からぜひ市の施設を使ってほしいといわれてこちらにしたということなのだそうで、さすがにすばらしい施設でした。多目的ホールやコンサートホール、大小の会議室、ギャラリー、宴会場などが、何棟もの立派な建物に分散しており、その間が庭園になっているという凝ったつくりで、シンポジウムの会場の国際会議室は200人の聴衆を楽々と収容しましたし、昼食会場は芸能人の結婚披露宴をやるような豪華なもの。ところが、やはり細かいところを見ると、聴衆用のテーブルは長机に布をかけて作っている(これは日本も同様)ですが、その布が、見える部分で虫ピンのようなものを乱雑に刺して机にとめられており、見栄え以上にちょっと危ないなという感じで、このあたりも日本ならこうはやらない(日本なら、こうやるくらいなら、たぶん布そのものをかけない)だろうという感じは受けました。
 シンポジウムの内容は「一筆啓上」のネタにしてしまったのでここでは書きませんが、中国側参加者のプレゼン内容を聞くと、想像以上に市場経済化、経営の近代化が進んでいるという感じで、全体として、一地方都市でもこれだけの発展と成長力なのですから、たしかに中国のパワーはものすごいものがありそうです。

■2002/11/21 (木) 蘇州市訪問記(4)

 さらに続きです。
 日系某社の工場は、最先端の半導体工場でした。ここでは製造だけではなく設計も手がけているということ。現在稼動中の工場と、その2〜3倍の新工場予定地、さらには隣接地がサッカー場になっていて、いずれはそこまで工場を拡張するのでしょうから、最終的には相当大きな工場になるはずです。
 スタッフは日本人が社長以下の十数人、あとは現地人のエンジニアが数十人、現業部門のワーカーが百数十人、という感じでしょうか。設備はほぼ最先端のものといってよさそうですが、通常の稼動と日常的なトラブルシュートはすべて現地人だけで運用されているようです。
 気になる賃金水準ですが、さすがに詳しくは教えてもらえなかったものの、やはり高卒のワーカーは本当に日本の20分の1くらいという相場のようです。上海よりは安いようですが、それでも最近はじわじわと相場が上がっているとのことで、本当に安い人手を求めている企業はさらに内陸の方に進出する傾向にあるとのこと。大卒のエンジニアはその2倍かそれ以上ということのようで、こちらは蘇州では不足気味で、他社からさらに高給をオファーされるとどんどん引き抜かれていってしまうそうです。そこで対抗上賃金を上げざるを得ないということで、エンジニアの相場はかなり上がっているようです。ちなみに蘇州には蘇州大学という総合大学と蘇州科学技術大学の二つの大きな大学があり、地元民は北京や上海に行かず蘇州での進学を選ぶ人も多いとのこと。通りすがりに見た印象では、どちらも大きくて立派な印象の大学でした。
 半導体工場を実際に見た感想としては、現地人従業員がとにかく若い。これで日本と遜色ない品質の製品が生産できるというのですから、日本が空洞化するのも致し方ないという印象です。
 工場のあとは若干ながら自由時間になったので、下町の方へふらふらと出かけてみました。なかなかの賑わいなのですが、感心したのは路上で飲み喰いしている人がいないこと。わが国の繁華街に行くと、コンビニの店先などで飲み喰いしている若者の一団をたびたび見かけますが、そういうのがいません。これは以前ソウルに行ったときにも感じたのですが、どうやら東アジアにはまだまだそういう行為を「みっともない」と思う文化が生き残っているようです。

■2002/11/20 (水) 蘇州市訪問記(3)

 さらに続きです。
 視察先は漢詩で有名な史跡の寒山寺(これは観光ですな)、伝統的な地場産業である刺繍の技術を保存している刺繍博物館(これも半分観光)、それから工業団地にある日系某社の半導体工場(これは見学)の三ヶ所でした。偉い人はそれからも中国の偉い人との会見などがいくつもあったようですが、われわれのような取り巻きはこの3ヶ所で終了です。
 寒山寺は要するに古いお寺ということで、漢詩のほか、「除夜の鐘」や、お寺の中興の祖である(らしい)寒山子と拾得という偉い二人のお坊さんの友情物語が有名です。この二人は中国では親友の代名詞だということで、日本でも森鴎外や井伏鱒二の作品の題材になっているほか、恰好の画題として多く描かれているようです。参拝者も観光客もかなり多いのですが、京都や奈良のお寺のように美観が整然としているわけではなく、かなり雑然としており、いくつかの団体をガイドが思い思いに案内するのでけっこう混乱していました。このあたりは日本に較べるとまだ洗練されていない印象です。
 その次の刺繍研究所というのも昔のお屋敷を改造した感じの建物で、空調が入っていたりいなかったりで、寒かったり暑かったりでしたが、刺繍そのものはたいへん見事なものでした。基本的には、原画や写真をもとに、非常に細密な糸と運針によってきわめて写実的に刺繍していくというもので、その細密さたるや無数の階調の色糸をさらにほぐして十分の一から四十分の一にまで細くして使うというのですから徹底しています。ここで制作にあたっているのは20年前後の経験を持つ人だということですが、それでも制作には24号くらいの大きさのもので半年はかかるとのことで、お値段は24号ならまず100万円、100号といった大きさになると軽く500万円を超えるようです。ちなみに制作にあたっているのは女性ばかりでしたが、質問したところ男性もいるということです。制作のペースはゆっくりしたもので、細密なだけに運針が慎重になるだけではなく、かなりの頻度で休憩をはさんでいるようです。そうしなければ、おそらくすぐに目をやられてしまい、とても20年も続けることはできないでしょう。そう考えると時間がかかるのも当然といえそうです。

■2002/11/19 (火) 蘇州市訪問記(2)

 きのうの続きです。
 物価水準はどうかというと、下町のコンビニ(蘇州には「可的」というコンビニがたくさんあり、1ブロックごとにあるような感じです)でウーロン茶の500ml入PETボトルが2元ちょっとくらい。いまだいたい1元15円くらいでしょうから、30〜40円くらいでしょうか。ビールは中国産で3.5元、約50円といったところです。まあ日本の5分の1といったところでしょうか。洋菓子などは5〜6元くらいで、これは日本の半分くらいの価格です。コンビニにはたくさん並んでいましたが、かなりのぜいたく品なのではないでしょうか。ちなみに私がおみやげ用に10個以上まとめ買いしたところ、店員はとてもうれしそうに愛想をふりまいてくれました。かつての共産主義国のイメージからは考えられないことですが、おそらくは給料の一部が売り上げの歩合になっているのでしょう。
 生鮮食料品などは、街中のスーパーでだいたい日本の1割くらいの価格のようです。露天の市場では、モノにもよりますがスーパー(日本の郊外型スーパーのように大きくはありませんが)の半額くらいの相場のようで、これなら賃金が日本の30分の1でもそれなりにやっていけるだろうという感じです。ちなみに、スーパーは中国語では「超市」というようです。まんまですね。コンビニの方は「便利」というとか。こちらもそのものずばりです。
 夜になると繁華街はギンギラギンのネオンで彩られます。色とりどりのそのハデさは一見して横浜の中華街思い出させます、って、当たり前か。蘇州の繁華街はちょうど横浜の中華街くらいの規模でしょうか。サラリーマン風やアベックが多数行き交い、景気はなかなか良さそうです。ちなみに市街地で食べた蘇州料理はたいへん美味でした。ビールは現地の工場でオーストラリアからのライセンスで生産しているとのことで、これもまずまず普通の味でした。治安も、人通りのある表通りであればほぼ問題なしということで、これも経済力の裏付けがあればこそでしょう。

■2002/11/18 (月) 蘇州市訪問記(1)

 この14日から17日まで、日本経団連の日中産業シンポジウムの訪中団に参加して、江蘇省蘇州市に行ってきました。14日と17日は完全な移動日で、15日が蘇州市内の視察、16日は終日シンポジウムという内容でした。シンポジウムの状況は別に書くとして、ここでは訪中の印象を何回かに分けて書いていきたいと思います。
 蘇州市はわが国ではもっぱら観光地として有名ですが、このところは例によって上海から車で1〜2時間という地の利を生かして製造業の立地がさかんになっています。水路が入り組んだ旧市街をはさんで、東と西の2ヶ所に大規模な工業団地が造成されており、東の「新区」には松下が、西の「園区」には日立がそれぞれかなりの規模で進出しているほか、日系をふくむ多数の外資が進出しており、居住区も大規模集合団地が次々拡大中で、たいへんな成長力を感じさせます。
 旧市街地は、古くからの入り組んだ道路や町並みをまだかなり残しており、随所にクリーク(水路)があり、「水の蘇州」(古いなァ)と歌にあるとおりです。コンビニやファーストフードなど、外資による近代的業態の進出が進んでいますが、その一方で露天の市場や零細な小売などの前近代的な業態も混在しており、活気はありますがまだまだ発展途上という感じです。交通もかなり乱暴で、早朝から深夜までクラクションが鳴り響き、信号と横断歩道のある交差点を渡るのも命がけという感じです。
 自動車はたいへんな勢いで増えているようですが、やはり自転車が市民の足として活躍しています。14日は雨だったのですが、赤や青を中心とした色とりどりの雨合羽をかぶった多数の自転車が走るようすはなかなかの壮観でした。ただ、所得水準が上がるにしたがって、自転車はかなりの割合でミニバイクに移行しているようです。これにともなって大気汚染が深刻になってきたため、市政府は原付ではなく電動アシスト付き自転車の使用を奨励しているのだとか。こちらは通勤で乗っていって会社のコンセントを使って充電すれば自分の懐が痛まないというメリット?もあって急速に普及し、逆にミニバイクがめっきり減ってきているそうです。となると困るのはミニバイクメーカーで、電気自転車の廃バッテリー問題はミニバイクの廃棄よりさらに大きな環境問題を招くというロビー活動を展開しているのだとか。このあたり、いずこも同じという感じです。


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