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■2003/09/09 (火) 「リストラブランド」で事故続発 新日鉄名古屋の爆発事故に続いて、ブリヂストンの黒磯工場でも大規模な火災が発生しました。こうした事故は経済活動だけでなく地球環境などにも影響が心配されるだけに、安全確保には万全を期してほしいものです。 それにしても、ここしばらくの間に、雪印乳業やJCO、日本ハム、あるいは東電(は少し違うかもしれませんが)など、わが国産業の土台を支えてきた「現場」での事故、不祥事が続発しています。従来は、贈賄や談合、総会屋への利益供与のような、経営トップやそれに直結する一部の幹部やスタッフによる不祥事が多かったわけですが、このところ事件の性格が変わってきているような気がします。 これまでは、こうした不祥事について「日本企業は長期雇用なので、企業のためには法をも侵すという意識がある」などという「解説」がまことしやかに言われてきたわけですが、少なくとも最近はこの俗説もあてはまらなくなっているように思われます。 実際、今回の「新日鉄」「ブリヂストン」は、いずれも代表的なリストラブランドです。新日鉄の元社長、前経団連会長の今井敬氏は「ミスターリストラ」と言われていましたし、ブリヂストンの海崎洋一郎前社長も強引なリストラを展開し、元幹部がそれに抗議して割腹自殺するという異常な事件を引き起こしています。 もちろん、両社とも過酷なリストラの結果業績は大幅改善しましたし、今回の事故が業績に与える影響もさほどのものではないでしょう。しかし、リストラの結果、企業との一体感、企業の存続に対する従業員のコミットといったものが失われ、それが「現場」の弱体化、手抜きにつながっているというのも、とりあえずありそうな話のように思われます。 ちなみに、これらの事故については日本の製造業を狙い撃ちしたテロであるという珍説もあるそうで、私の考えもそれと同程度の珍説かもしれませんが、それにしても労務屋としては、偶然とはいえこうも続けて日本を代表するリストラブランドの事故が相次ぐと、いささか考えさせられるものがあります。 ■2003/09/08 (月) 進む労働界再編 長引く経済低迷の中で、金融業界をはじめとして「業界再編」の動きが活発ですが、労働界もまた例外ではなく、産別組織の統合が相次いでいます。めぼしいものを拾っても、一昨年には商業労連を中心に7組織が統合してサービス・流通連合が発足しましたし、昨年はゼンセン同盟にCSG連合はじめ3組織が合流してUIゼンセン同盟となりました。そして、明日には金属労協傘下の名門鉄鋼労連、造船重機、非鉄連合が統合して基幹労連が発足します。金属労協は長らく「JCエイト」といわれた8単産(鉄鋼、自動車、電機、造船重機、ゼンキン連合、金属機械、非鉄連合、全電線)が結集していたわけですが、ゼンキンと金属機械が統合してJAMとなり、また今回基幹労連が発足したことで、「JCファイブ」となってしまうことになります。 労組の力は多分に数の力ですから、趨勢的な組織率の低下と組織の縮小が止まらない中では、統合して大きくなることによって数の力を確保しようというのも一理ある動きなのかもしれません。 それにしても、先月末に自治労と全国一般が合併に向けた協議をはじめたというのには驚きました。まあ、どちらも地方、地域に根を下ろした組織という点では共通しているのかもしれませんが、それでもなお、公務員と民間労働者が統一産別を結成するというのには違和感があります。 どうも、ウワサによれば、長引く不況で全国一般傘下の労組が倒産などで次々と解散、その一方でリストラにともない個別トラブルは増加しているものの、そういう人が全国一般に加入して組合費を払うかといえばそうでもない(この7月には神戸市内の社会福祉施設で不当解雇された組合員6人復職させるなど、実績はあげているのですが)ということで、全国一般の財政は危機的状況にあり、そこで自治労が救済合併に乗り出した…というのが実態だとか。そういえば、かつての総評には中小労組を財政的に支援するスキームがあったような気がしますが(自信なし)、連合は産別の財政には関与していないのではないかと思います(これも内々にはやっているのかもしれませんが)。 まあ、いずれにしても、「大きくてつぶせない」存在をめざして合併する金融機関、随所で行なわれる経営不振企業の救済合併などとよく似た話で、労使ともども長引く不況に苦しめられるのは同じということでしょうか。 ■2003/09/04 (木) 無意味な「最賃生活への挑戦」 火曜日の毎日新聞の夕刊に、連合千葉の若手組合員11人が「最低賃金生活」に挑戦したという記事が載っていました。以前にも同じような記事を見たような記憶がありますので、何年かに1度はこういうことをする人たちがいるようです。 千葉県の最賃677円で1日8時間、月22日働くと約12万円、そこから所得税や家賃、光熱費などを引いた残り3万円で一ヶ月生活したのだそうな。で、管理栄養士の「必要な栄養の半分しかとれてない」とのコメントや、参加者の「ガソリン代節約で遠距離のカレに会いにいけない」「月に1度カラオケでストレスを発散することも許されない」などのコメントが紹介され、「働くことがとても軽んじられているように思う」という「参加者たちの共通の感想」でしめくくられます。ちなみに、連合千葉は「これでは健康で文化的な生活が送れない」と最低賃金アップを訴えているとか。 たしかに憲法は「健康で文化的な最低限度の生活」と国民の生存権を定めていますが、それに必要な費用がすべて賃金でまかなえるように最低賃金を設定すべきというのはいささか無理な考え方ではないでしょうか。生存権の確保は、自らの稼得だけではなく、家族による援助や、それが期待できない場合は行政による支援など、さまざまな手段によって達成されるべきものではないでしょうか。 しかも、最低賃金というのはまさに最低基準で、しかもほぼあらゆる仕事に適用されるものです。ふだんは雑誌でも読んでいて、必要なときだけ対応すればいい店番や電話番のような仕事でも、基本的に最低賃金の規制がかかります。生計費は別途確保されていて、こづかい稼ぎやボランティア感覚でそういう簡単な仕事をしたいという人もたくさんいます。そのような仕事まで、家賃も光熱費も払ってなおそれなりの生活費が確保される水準の賃金を支払うべきだとはあまり思えません(もちろん、本当に困っている人については、賃金ではなく福祉などで対処することは必要です)。 記事はこの「挑戦」について「『働くとは何か』の問い掛けでもある」と大仰な書き方をしていますが、まったくもって非論理的な感情論といえましょう。 |