■2003/12/02 (火) 宿泊拒否

 11月はついに落ちてしまいました。申し訳ありません。

 熊本県の温泉ホテルがハンセン氏病の元患者の宿泊を拒んだ事件で、経営陣は「当然の判断」として責任を否定したそうです。
 この問題、ホテルが一方的に非難されている感がありますが、これは本当はホテルの利用者の人権意識、すなわち私たち一人ひとりの人権意識の問題ではないかと思います。私自身のことを考えてみても、仕事柄それなりの人権意識は持っているつもりではありますが、それでも現実に温泉ホテルの大浴場で元患者と一緒になったら、ということを想像すると、おそらくは「伝染力はきわめて弱い」「感染しても容易に完治する」といった「科学的知識」をまずは想起し、さらに「そもそもすでに完治しているはずである」という判断も加えて、「だから大丈夫」と安心しようと努力することになるでしょう。なかなか、「なんとも思わない」でいることはできないのではないかと思います。
 宿泊拒否は(責任云々とは一応別問題として)決して正当化できるものではないと思いますが、しかし、単純にホテルを叩けばすむという簡単な問題ではないとも思います。

■2003/10/22 (水) bewaad institute@kasumigaseki

 本日、下で紹介したのは「bewaad institute@kasumigaseki−官僚の官僚による非官僚な人々のためのサイト」というサイトです。ホームページは
http://bewaad.com/index.html
 このサイト、非常に面白く、また参考になる内容が多々ふくまれていて、思わず読みふけってしまいました。管理人(webmaster)は現役の高級官僚(という用語は差別的でよくありませんが)なのだそうで、「霞ヶ関の現役官僚が官僚流のものの見方、考え方を公開する」という趣旨で作成されているようです。
 まず、とにかく参考になり勉強になるのが「余は如何にして利富禮主義者となりし乎」というコンテンツ。
http://bewaad.com/archives/reflationindex.html
 とくにQ&Aは参考になります。私は金融政策のことはよくわからないのですが、以前からデフレの弊害は(主に賃金政策の観点からですが)強く感じており、リフレ政策にシンパシーを持っておりましたので、これはたいへん勉強になりました。
 ほかのコンテンツも、「官僚流のものの見方、考え方」を感じ取れる内容が多く、この人が官僚のスタンダード(?)なのかどうかはわかりませんが、われわれ民間人(というか、私)との考え方、感じ方の違いと、その理由が伺えて非常に興味深く読めるものです。実際、多くの官僚は、個別につきあってみるとまことに優秀であり、勉強家であり、常識円満な紳士が揃っているのですが、そんなかれらが仕事ではときおり民間の常識をかけはなれた行動を示すことがあるのは、多くは本人の問題ではなく「役所」というシステムの問題である、ということが、このサイトを読むとよくわかります。

■2003/10/22 (水) またもや藤井総裁

 読者の方から、道路公団の藤井総裁について、現職の高級官僚がコメントしているサイトを教えていただきました。さすがに同じ霞ヶ関のインサイダーだけあって、私のような部外者には気付かない鋭い解説です。
http://bewaad.com/archives/themebased/monthlyreview.html#Aug0303
 「達成すべき目標は、道路建設の維持」であり、「日本道路公団という組織やその総裁としての自らに批判を集めることにより、総裁更迭→公団民営化という形で問題の決着を図り、道路建設には議論を及ぼさずにこの問題に幕を引くという筋」である、という指摘には、なるほどと唸らされます。「藤井総裁は建設技官=技術畑出身であるが、本気で世のため人のためと信じて、道路をもっと建設しなければという使命感に燃えている」というのは私の印象と同じでちょっとうれしかったのですが、さすがだと思ったのが、「文系ホワイトカラーから見たJR成功の鍵は、新規路線建設を放棄し、長期債務を政府に移し替え、組合を崩壊させたこと。 これを踏襲し(この場合、組合は技術者集団と読み替えるべし)、優良企業として民営化することが、彼らにとっての理想」という、国交省内部の文官と技官の対立を指摘していることです。そして、「逆に言えば、道路建設の理想を二の次として、単に企業としての優良さを至上のものとする彼らの態度は、藤井総裁からすれば唾棄すべき拝金主義者のそれと映っているに違いない」のだそうです。思わず納得してしまう話で、平凡ながらさすがに官僚のことは官僚がいちばんよくわかるということなのでしょう。
 このサイトではその後の動向もフォローされていて、
http://bewaad.com/archives/themebased/reflex4.html#Oct1503
 では、「辞表を書かせたいのであれば、彼に大義名分を与えることは当然」(具体的には「将来の日本の道路のため、ご英断をお願いしたい。 政治の理屈を押しつけ、汚名を一身にかぶせる結果になってしまったことは大変申し訳なく思う」といったもの)と述べ、それを与えない国交相の対応を批判しています。人事屋からみてもまことに当を得た指摘といえましょう。
http://bewaad.com/archives/themebased/reflex4.html#Oct1903
 では、聴聞のやりとりが行政手続の観点から解説されていて興味深いものがあります。

■2003/10/15 (水) ふたたび藤井総裁

 またも1週間開いてしまいましたが、再度藤井総裁の話です。自ら辞表を拒んだ藤井氏は、弁護士を通じて「法的に徹底的に争う」姿勢を示したとか。解任処分無効の行政訴訟のほか、石原国交相に対する名誉毀損の訴えも考慮しているといいますからよほどのことです。
 もちろん、手続きはきちんと踏まなければならないことは当然ですし、政治的思惑で軽々に人事を取り扱ってはならないことも言うまでもありません(もっとも、だったら藤井氏自身が行った批判勢力の左遷人事はなんなんだ、という問題はありますが)。とはいえ、建設事務次官まで務めた人が、「人権派弁護士」を担ぎ出してまで、自身がトップであった組織と「法的に戦う」というのは、まことにもって理解しがたいものがあります。しかも、(石原大臣の発言が事実だとすれば)道路建設をめぐる政治家のスキャンダルを持ち出すという、まちがいなく自身にとっても損失の大きい手段まで取るというのは、これは並大抵の覚悟ではなさそうです。
 やはり、位人臣を極めるほどの業績を残した人だけに、簡単に引き下がって自分の業績、人生を否定したくないという気持ちは当然強いでしょう。それと裏腹に、高い地位、責務を負う人だけに、責任を厳しく問われざるを得ないわけで、その辛い心境はなんとなく想像できなくもありません。
 それとともに、最近の動きを見ていると、「政治家のスキャンダル」を持ち出すなど、政治家に対する怨念も強烈なように思われます。藤井氏にしてみれば、自分も道路を作りたかったにせよ、政治家も作れ作れと応援、ときには強要してきたではないか、との思いがあって不思議ではありません。それが突然、「変人宰相」の出現で、「作家風情」が重用されて、「採算」などというこれまでほぼ無視してきた考え方を持ち出されて、「これ以上道路は作るな」という風圧にさらされたわけですから、いくらなんでも話が違う、といいたくもなるでしょう。しかも、もともと官僚は政治家より偉いという意識があるだろうところにはるかに年下の石原国交相に「辞表を出せ、出さぬなら解任」と迫られれて、これはなりふりかまわず抵抗してやれ、ということになってしまったのでしょうか。
 率直に申し上げて見苦しいとは思いますが、ここまで追い込まれてしまったことには一抹の気の毒さも感じないではありません。

■2003/10/07 (火) 藤井総裁の謎

 一か月ぶりになってしまいました。
 道路公団の藤井総裁の更迭がとうとう決まりましたが、本人が自ら辞表を出すのを拒んだため、人事権者である大臣による解任という形で手続きが進められるのだそうです。辞任の場合に支給される退職金は約2,600万円と云われていますが、解任の場合はこれが出ないということですから、2,600万円を棒に振ることになります。お役所の場合にはさらに、辞任であればほとぼりが冷めたころにまた旧建設省の関連団体や大学教授などに転じることも容易ではないかと思いますが、解任となるとこちらの道も狭くなるでしょう。
 これはよほどの決意だろうと察しられるわけですが、それにしても不思議な話でもあります。民間企業の懲戒処分の場合も、懲戒解雇で退職金が出ないのは過酷と考えられる場合には諭旨退職(一定期限までに退職することを勧奨し、応じない場合懲戒解雇する)とするといった運用は普通に行われており、これに応じないということはまず考えられません。仮に懲戒処分に納得いかないのであれば、いずれにしても懲戒処分であるには違いないのですから、諭旨退職されておいて法的手段に訴えればいいだけの話だからです。同様に藤井氏も辞表を出しておいて、大臣が辞表を出させたのは不当だ訴えればいいわけで、それをわざわざ解任されにいくというのは、本人は自らの正当性を示すパフォーマンスだと考えているのかも知れませんが、いささか感情的で不合理な感は免れません。
 ここまで意地になるというのは、単に正しいとか間違いとかいう判断を超えているのでしょう。もちろん、官僚にありがちな発想として、政治家より自分たちの方が偉いんだ、石原なんて俺より二回りも若いじゃないか、という感情もあるかもしれません。しかし、それ以上に、道路建設に一生を捧げ、位人臣を極めたテクノクラートの藤井氏にとって、ここで自ら辞表を出すのは、自分の全人生、全人格を否定するに等しいという感覚なのではないでしょうか。
 それはともかく、藤井氏は建設事務次官から平成10年に道路公団副総裁、12年に総裁となっています。もちろん次官を辞めるときに退職金をもらっているわけで、さらに今回は勤続5年でまた2,600万円の退職金を受け取れたというのはどんなもんなんでしょうか。まあ、事務次官ほどの人なら、このくらいもらって当然という考え方もあるのでしょうが・・・。


バックナンバーにもどる