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能力主義
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能力と云ってもいろいろある。まだ発揮されていないが、これから発揮されることが期待できるのが潜在能力、それを必要とする仕事につけばいつでも発揮できるのが保有能力、すでに仕事を通じて発揮され、顕在化しているのが発揮能力ということになるだろうか。 幹部候補生として採用された新卒者については、まずは潜在能力が重要であろう。企業はその潜在能力に対して賃金を支払うだろう。学歴とかなんとか、わかりやすい理由が設けてはあるだろうが、本質はそこである。 保有能力について賃金を支払うというのは、一応現在の職能資格制度のもとでは一般的な考え方とされているようだが、それでは保有能力をどうやって測定するのかという問題が出てくる。勤続年数や年齢がその近似値だという考え方は最近はいたく不評だし、そもそもそれなりに生産性向上をはからなければならない民間企業ではそういう考え方はすでに採用されていない。 となると、結局のところは保有能力も発揮能力で評価するしかないということになる。場合によっては潜在能力もそうかも知れない。賃金や処遇にどう反映されるかという問題は別とすれば、ある程度勤続した人について「彼は有能だ=保有能力が高い」「彼女は将来有望だ=潜在能力が高い」というときにも、結局のところ顕在化した能力、周囲の目に見えた能力(≒成果)で判断されてきたのではないだろうか。「彼は本来実力はあるんだけれど、今はちょっと仕事に恵まれてないなあ」などというときに、「本来実力はある」の根拠は、「かつてあんなに活躍したことがある」ということであって、「○○歳だから」「××年勤続だから」ではない、ということは、今も昔も同じだろう。 逆に、顕在化した能力、発揮能力だけに賃金を支払うとなると、能力に見合った仕事にありつけなかった人は賃金もそれなりに低いものに甘んじることになる。これは人件費の観点からは好ましいが、長期的な能力開発へのインセンティブという面では必ずしも好ましくない。ここをどう考えるかは、到達した能力のレベルや、育成と能力発揮のどちらを重視するかといった企業の考え方によって決まってくるのだろう。 |
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