大企業社員の転職感覚(13.7.9)



 アンダーセンが「ビジネスマンの人材市場価値と転職に関する意識調査」という調査を実施し、先日その結果が発表されました。なかなか興味深い内容をふくんでいますので、ご紹介したいと思います。
 この手のコンサル会社による調査というのは、データはともかく、その解釈がどうしても自分たちのビジネスにつながるような方向に偏りがちで、このレポートも残念ながらその例外ではなく、むしろ強引さが強いように思います。特にこのレポートは、おそらく若手コンサルタントの手によるもののせいか、「若年で市場流動性が高い」という自分自身の非常に一面的な感覚による表面的な考察が目立ちますが、それはそれとして、データ自身はなかなか面白いものがあります。
 調査は、大企業勤務とベンチャー企業勤務のホワイトカラーが対象ですが、分析のほとんどは大企業についてです。しかも、対立構造を明確化するために企業規模と年齢の中間部分(従業員300〜999人と35〜44歳)のデータを除外しており、結果として大企業のサンプルは348人しかありません。この点、おおいに眉につばをつけて見なければならないという前提が必要でしょう。以下の紹介もすべて大企業に関するものです。
 まず転職意識については、転職したいと「時々思ったことがある」まで含めると、中高年で7割、若年で8割が意識しています。レポートは「驚くべき高さ」と言っていますが、経済低迷が長期化し、仕事は増える、人は減るといった中で、転職を考えもしない方がむしろおかしいというのが実務家の実感でしょう。
 転職を考える理由は、若年では給与や処遇に対する不満と仕事内容に対する不満が突出していますが、中高年はこの2つは若年より低く、会社のビジョンや方針への不満、人間関係への不満、あるいは会社の将来に対する不安なども同程度になっています。これは年功賃金の影響がまだ残っている、若年期は下積みを経験させられることが多いといった大企業の特徴がよく出ています。
 もう少しつっこんで、評価、報酬、学歴、仕事、入社形態に関する不公平感を訪ねた設問では、「職場・仕事による不公平」が突出して多くなっています。レポートは、「人材配置に個人の意志が反映されない大企業の特徴」と分析していますが、もう少し踏み込んで想像すれば、若年は花形職場への指向が強く反映している一方、中高年はポスト詰まりで活躍できるポストや仕事が得られないことへの不満を反映しているのでしょう。逆に、転職したいと考えない社員(少数派)にその理由を聞くと、「仕事の内容に満足」が、給与や人間関係の2倍以上と、やはり突出していますので、大企業の社員にとって最大の関心事は、若年と中高年でニュアンスの違いはあっても、「仕事」ということになりそうです。
 それではなぜ退職しないのか、という理由ですが、これは若年・中高年とも「希望に合った転職先がない」が断然のトップになっています。レポートはこれに対して「もはや人材の流出をとめる要因は社内にはないのだろうか…転職意識の高さと相まって危機感を抱かせる」と述べているますが、これはいかにも無理な解釈で、実態はおそらく正反対の、希望に合った転職先がないというのは、結局のところ他社よりは自社の方が好ましい(あるいは、より少なく好ましくない)ということの反映と見るべきでしょう。
 転職を念頭に置いた設問の中にも、面白い結果があります。大企業、外資系、ベンチャーのいずれかの企業に転職するとしたら、それぞれどの程度の年収アップを望むか、という設問があり、中高年が大企業224万円、外資系261万円、ベンチャー246万円程度でそれほど差がないのに対し、若年は大企業105万円、外資系188万円、237万円と大きな差がついています。大企業の社員なので当然と言えば当然かも知れませんが、若年が「寄らば大樹の蔭」的な考えを強く持っているのは少し意外です。また、外資系とベンチャーに対する評価が中高年と若年で反対になっているのも、実感として納得できる面白い結果です。
 さて、新聞などでも報道されましたが、「自分の市場価値は現状の年収と比べてどうか」という設問に対しては、中高年がプラス107万円、若年がプラス33万円という結果になりました。確かに、人間だれしも自分に対する評価は甘くなるものであり、私も労務屋になってすぐに「人間は2割は自分を過大評価する」と上司に教えられたものです。それにしても、現実には、倒産やリストラなどで大企業を退職した中高年は、大幅な年収ダウンを受け入れなければまず再就職は難しいというのが実態です。一応実情を確認しておくと、日本労働研究機構が平成10年9月に実施した調査によれば、離職時の平均年収446.7万円に対し、再就職してからの平均年収は358.5万円で88.2万円の減、その中で40歳台は564.3万円から457.5万円へと106.8万円減、50歳台は526.4万円から398.7万円へと127.7万円減と、やはり大幅な減収に見舞われています。 このような実態があり、しかもそれが広く報道されているにもかかわらず、市場価値を大幅に高いと自己評価しているという結果が出たことには驚愕の他ありません。
 レポートはこの結果に対して、「組織の生み出す価値を自分が個人として生み出したと錯覚しがちな中高年の思考パターンを反映している」と手厳しく論じていますが、それも間違いなく大きいだろうと思います。それ以上に、依然として大企業の中高年にはかつての年功賃金の影響が色濃く反映されていて、そもそもが高いということも大きいでしょう。ただ、私は、やはりここでも、深刻なポスト詰まりという大企業の現実がかなり影響しているのではないかと思います。大企業の中高年は、自分の実力にあったポスト、仕事に配置されていないという思いが強くあります(そして、思いほどではないにしても、それが事実であることが多い)ので、「もし、自分の実力を存分に発揮できるような職場に転職できれば、今よりはるかに活躍し、収入も増えていいはずだ」という発想で、「市場価値は現在の年収より高い」と考えているのではないでしょうか。つまり、本当の市場価値ではなく、社内で「自分でもあのくらいの仕事はやれる(はず)」と思っている仕事の年収が、今よりそのくらい高い、ということなのでしょう。
 そうだとすれば、本来高い能力を持つはずの中高年が、大幅減収を受け入れなければ転職できないという現実は、社会全体レベルで、壮大なポスト詰まりが発生しているということなのでしょうか。能力の高い人が余っているとは考えたくありませんので、管理職タイプが過剰、専門職タイプが不足と言い換えることはできるかも知れませんが。
 この調査では他にも、eビジネスの影響についての意識調査や、人事制度のスタイル別の調査なども実施していますが、あまり見るべきものはありません。
年功主義か成果主義か、という人事制度スタイル別の集計は、5段階評価による6つの設問の平均スコアを算出し、2点未満は年功主義、4点以上は成果主義としているのですが、もともと348しかないサンプルから、2点以上4点未満という中間データをごっそり除外しています(もはやサンプル数も明らかにされていませんが、「年功主義中高年」のサンプル数は比率の数値から見て20ではないかと思われます)ので、年功主義の方が大幅に不満が大きいなどといった派手な結果も出ていますが、あまりあてにはできないでしょう。
 結論としては「新しい人材マネジメントの構築」ということで、端的に言えばアンダーセンのコンサルを受けなさい、という内容で、この手のものには率直に言って少々うんざりの感があります。最終ページがアンダーセンのご案内になっていると来てはいやはやです。
 とはいえ、そこはビジネスですから致し方のないところで、このような面白い調査結果を提供してくれるということはありがたいことですから、今後も期待したいところではあります。

労働雑感にもどる
 
iconホームにもどる