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昨日発表された日経連の今季春闘の集計結果によれば、日経連主要各社(大手)の賃上げ結果は、4月17日現在で5,279円、1.59%と、昨年の6,259円、1.89%を大きく下回っているとのことです。この結果は集計可能な平均賃上げ方式をとっている企業のみが対象となっているため、集計不能な個別賃上げ方式を採用している電機各社が含まれていません。周知のとおり、電機各社は一応ベアゼロ(定昇確保)回答をしたものの、その後すぐに事実上のベダ交渉に入り、結果としては日立製作所が5%のベダ(賃上げ率約マイナス3%)、他の各社も定昇実施先送り(賃上げ率0%)で決着したわけですから、これらの企業の最終結果が仮に集計できていたとしたら、さらに賃上げ率は低くなっていたことと思われます。 この結果に対して、さまざまな総括が試みられているようです。多くの場合、とにかく「雇用の維持・確保」については何らかの形で労使の合意ができたということで、とりあえずは「雇用春闘」としては有意義だった、という評価が行なわれているようです。さらに、日経新聞を中心としたマスコミ各社では、「日本型の年功的な賃金制度が崩壊し、成果主義賃金や企業業績重視の年収管理(業績は賃金ではなく賞与に反映)へ移行しつつあり、賃金の変動費化が進んでいる」という評価が与えられているようです。 これに対して、自動車総連の加藤裕治会長は、4月4日付読売新聞朝刊「論点」欄で反論を試みています。「自動車のトヨタ、本田技研のベアゼロ回答は象徴的で、多くの識者が『この決断がいよいよ春闘を変えていくだろう』と論じている」と最初に述べていますので、自動車のベアゼロが春闘変質論の象徴とされていることへの責任を感じているのでしょう。 加藤氏はまず、産業の競争力は賃金コストだという考え方は乱暴に過ぎると主張します。もちろん、企業経営の現実としては、付加価値に対する賃金コストはまさに競争力に直結するわけですが、労組の立場としては、競争力は付加価値を高めて生産性を上げることで高めるべきものであり、賃金を切り下げることで競争力を高めることはフェアではないというのももっともな主張ということになるでしょう。 そのうえで加藤氏は、経営サイドが国際競争力を理由に企業の付加価値増大分を賃金に配分することを拒み、「業績は賞与(一時金)で」との主張を貫いたことについて、「競争力の源泉である『労働の質』に対する『投資』を求めた」「労使で高めてきたはずの『労働の質』を月給でどう評価するかについての議論は最後まですれ違った」と述べています。そして、このすれ違いは、賃金の交渉指標が「平均賃金の上げ幅」であるために生まれるとし、「モデル労働者の月給額」に指標を変更することを主張しています。 この主張は、賃上げ交渉がすべて単年度で完結するという前提に立たなければ成り立ちません。しかし、現実には、各年の賃上げ回答は、それまでの経営成績や足元の状況だけではなく、ある程度先行きの見通しも踏まえた上で判断されます。日本経済や企業経営の現状を見れば、これまでの循環的変動をふまえた予想をはるかに上回る半導体不況や、深刻化するデフレなど、昨年、あるいは一昨年以前も含めて、想定になかった状況にあることは明らかであり、今回の回答も、当然過去何年間かにおいて「上げすぎていた」こともある程度織り込んでいると考えるべきものでしょう。 賃金の交渉指標はかなりテクニカルな問題であり、労使双方の言い分にそれぞれ一理あると感じます。労働の質は大きく変動するものではないということも直感的に理解できるものであり、したがって月給に安定的に反映させるべきであるとの考え方もありうるかも知れません。とはいえ、労働の質を競争力に結び付けて議論しようというのであれば、競争力はあくまで相対的なものであり、具体的には他社との比較で判断される以上、各社における労働の質の相対関係と月給の相対関係が一致すべきであり、絶対水準の議論にはあまり意味がないと考えるべきでしょう。 次に加藤氏は、定昇についての考え方に関して、定昇は個人にとっては賃金増だがマクロでは賃金総額は増加しない(理屈ではそうなる)ことから、「付加価値生産性の増加分を賃金で配分し、労働者の購買力を高めなければ、日本経済の成長は見込めない、と主張します。さらに、横並びの賃金抑制が続けばデフレがますますひどくなって日本は沈没すると批判します。 これは一応正論ですが、付加価値生産性の増加分(の一部)を賃金に配分すべしとの主張はもっともであるにしても、それが必ず月給に(も)配分されなければならないという理由は見当たりません。現に、トヨタにせよ本田技研にせよ、賃上げはベアゼロでも賞与は前年を上回っており、賃金を総額で見ればそれなりに付加価値生産性の配分が行なわれているといえます。賞与ではダメで月給でなければならない理由をきちんと説明できなければ、意味のある批判にならないでしょう。 最後に加藤氏は、組合員は仕事の価値や働きぶりと直結した賃金制度への転換を望んでいるが、経営サイドはこうした改革に前向きではないと批判し、ベアゼロ回答の前にこれらの本質論にも応えてほしかったと述べています。部外者から見れば、経営サイドが成果主義や業績重視に熱心であり、労組がそれに抵抗しているというのが一般的な姿に見えますので、これはたいへん意外な主張ですが、自動車総連はかなり現実的・建設的な姿勢を持っているようなので、その目から見るとそう見えるのかも知れません。「仕事の価値や働きぶりと直結した賃金制度」が「毎年ベアのある制度」を意味するということなのであれば、これは労使の立場と考え方の違いであると理解するしかないでしょう。 結局のところ、問題は賃金の下方硬直性に行き着くのでしょう。賃金が下方硬直的だと、付加価値生産性が向上したとしても、その生産性の水準を将来的に維持できるということがある程度確信できなければ、それを賃金に配分することは躊躇されるでしょう。仮に生産性が維持できず、低下した場合において、賃金を引き下げることが難しいからです。とりわけ、現在のようなデフレ下においては抵抗が大きいのも当然です。逆に言えば、付加価値生産性が低下した場合に月給の低下を甘受する覚悟を決めることができれば、付加価値生産性向上分を毎年月給に上乗せすることも可能にはなります。現に、電機各社では事実上それに近い状況が現実化していますので、自動車もすでに同じ覚悟を固めているということであれば、まずはそれを明確に表明してほしいものです。もっとも、そうなると、経営サイドが主張する「業績は賞与に反映」と、ほとんど違いはないようにも見えるわけで、どうやら賃金の変動費化の流れはもはや止めようがないようです。 |