|
少し古い話ですが、さる2月12日に厚生労働省が発表した「過重労働による健康障害防止のための総合対策」に対して日経連が反発、2月28日には厚生労働省に意見書を提出して抗議するという事態が発生しているそうです。 厚生労働省は昨年末、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の労災認定基準を改正しました。従来基準では発症前1週間以内の業務負荷を重視していたわけですが、今回の新基準ではこれに加えて長期間にわたる疲労の蓄積も考慮するとされたことは周知のとおりです。さらに、新基準では、その具体的なめやすとして、時間外労働が「発症前1か月間ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね45時間」と、「発症前1か月間におおむね100時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間」のふたつを示したことも周知のとおりです。 これをふまえて、今年2月12日には、厚生労働省は「過重労働による健康障害防止のための総合対策を発表しました。具体的には、「過重労働による健康障害を防止するため事業主が講ずべき措置等」をさだめ、企業がこれを励行するように周知啓発、窓口指導、監督指導ならびに再発防止対策等を行なうというものです。 それぞれの内容を見ていきますと、「事業主が講ずべき措置等」では、まず時間外労働について、時間外労働は本来臨時的な場合に行なわれるものとしたうえで、時間外協定(いわゆる36協定)の限度時間を労働省の限度基準以下とすること、時間外労働が月45時間を下回ってさらに短縮されるよう努めること、労働時間の適正な把握を行なうこと(要するにサービス残業をさせないこと)、年次有給休暇の取得促進をはかることを求めています。さらに、健康管理については、法定の健康診断、特に深夜業に係る特定業務検診を確実に実施すること、月45時間を超える時間外労働をさせた場合は産業医の助言指導を、月100時間または2〜6か月間平均で80時間を超える時間外動労をさせた場合には産業気の保健指導および検診、事後措置を実施することなどが求められています。そして、36協定がこれらの趣旨に沿ったものとなるよう労働基準監督署が「窓口指導」を行ない、さらには、月45時間を超える時間外労働が行なわれているおそれがあると考えられる事業所については同じく「監督指導」を行なうとしています。そして、これら過重労働による業務上の疾病を発生させた事業場に労基法等の違反があった場合には、司法処分を含めて厳正に対処するとしています。 もちろん、過重労働による業務上疾病はあってはならないことであり、その予防に真摯に取り組む必要があることは当然ですが、それにしてもこの通達は一読して異様な印象を受けます。そこを日経連の意見書にそって見ていきたいと思います。 日経連は、まず手続きの問題として「実態と乖離しないよう産業界の意見を十分に聞き、反映すべきところを、本通達は産業界の意見を聞くことなく出された」と抗議しています。もちろん、労働衛生に係る問題については、企業の意見にかかわらず行なう必要のある施策も多いでしょうが、それにしてもここまで労務管理の細部に立ち入った行政指導を行なおうとするのであれば、何らかの形で事前に経営サイドの意見を聞くことはあってもよかったと思われます。 次に日経連は、「時間外労働月45時間以下という規制が独り歩きするおそれがある」と指摘しています。たしかにこの通達は妙に「45時間」が強調されている感があり、しかも産業医の助言指導を求めるなどの懲罰的な要素も含んでいるため、日経連が懸念するとおり、日当たり所定や休日数の如何や代休取得などの要素を考慮せずに「45時間以上は絶対ダメ」という受け止められ方を労使双方がしてしまう危険性があるといえるでしょう。 さらに日経連は、「時間外労働のみを捉えて一律機械的に」定めていると主張しています。これは実務的には最大の問題点で、重筋作業を多く含む仕事や交替制勤務の仕事と、軽易な事務労働などとでは、時間外労働の時間が同じであっても疲労の蓄積は大差があるにもかかわらず、一律に規制するというのでは、現場の管理監督者の理解を得ることは至難の技でしょう。 加えて日経連は、「事業主のみならず産業医にも過度の負荷と責任を負わせる」もので非現実的と訴えます。実際、事業主はひとまずおくとしても、産業医にここまでの対応を求めることは、現状の産業医の供給状況から考えても、およそ非現実的で机上の空論という感は免れません。姿勢の問題ではなく物理的に守れない規制には現実的な意味は感じられません。 そして日経連は最後に、「産業医の助言指導当の措置は企業の自主的努力に委ねるべき」と結んでいます。まあ、日経連としてはそういうことなのでしょうが、自主的努力では進まないじゃないか、というのが厚生労働省の言い分でしょう。とはいえ、新認定基準が出てから2か月でいきなり総合対策が上意下達で出てきたわけで、「しばらくの間は様子を見て、本当に『進まない』という実態が出てきてからにしてほしい」というのももっともな考えでしょう。ただ、そういう意味では、日経連としても「企業の自主的努力」ではなく「(企業)労使の自主的努力」としてほしかったという気はします。 こうして見ると、日経連の意見にかなり分があるという感じがしますが、私がもうひとつ引っかかったのは、「時間外労働は本来臨時的」という基本的な考え方です。従来、日本企業においては、むしろ「計画残業」という形で残業を生産計画に織り込み、それを生産量に応じて増減させることによって、雇用を安定させながら生産量の変動に対応してきた経緯があります。これは非常に重要かつ貴重な柔軟性であり、その役割はきちんと評価する必要があるのではないでしょうか。 これはすなわち、過重業務や疲労の蓄積を言うのであれば、本来なら総労働時間を問題とすべきところを時間外労働で規制しようとしたところに矛盾があると思われます。総労働時間を減らすには時間外だけでなく所定短縮も有効であり、柔軟性を維持しながら総労働時間を短縮するという意味では、所定短縮は大いに有望ではないかと思われます。厚生労働省としては、法定の一日8時間、週40時間を超える時間外労働について基準を作ったということなのでしょうが、それにしても時間外で規制するという思想が偏狭に感じられます(もちろん、労働者の生活パターンは所定時間をもとにしているので、疲労などは時間外がより影響するという考え方もあるでしょうが)。 行政サイドとしては、高失業が続く中で長時間労働が進むという「逆ワークシェアリング」が起きている中で、なんとか多残業をやめさせたいとの思いもあるのだろうとは思います。それにしても、今回の「総合対策」はいかにも拙速に過ぎる印象が否定できず、日経連も主張するように、早急な再検討が必要ではないかと考えます。 |