言語道断、障害者雇用の情報開示(14.12.12)



 11月22日、内閣府の情報公開審査会は、障害者の法定雇用率を達成していない企業名などの情報を開示せよとの答申を行いました。これを受けて、坂口厚生労働大臣は12月6日、開示の裁決を行いました。マスコミなどでは目立った報道もなく、世間の注目度は低いのですが、人事・労務の実務家にとってはかなり重大な出来事になるかもしれません。
 発端は、ある市民団体が、情報公開法にもとづいて、障害者雇用状況報告書や法定雇用率未達成企業一覧表などの開示を請求したことにはじまります。これに対して厚生労働省が雇用率や企業名などを不開示としたため、この市民団体はこれを不満として不服を申し立てました。情報公開法では、不服の申し立てがあった場合は情報公開審査会に開示の是非について諮問することとされており、それを受けて、今回の答申、裁決となったわけです。今後、さらにいくつかの手続きを経て情報公開される見込みとのことです。
 もちろん、障害者の雇用促進が企業の重要な社会的責務であることは言うまでもありません。しかし、この開示は実務的にいろいろな問題点をふくんでおり、むしろ障害者雇用の促進にも逆行しかねない懸念があるものです。今回はこれをとりあげてみたいと思います。
 はじめに、障害者雇用促進法で定められた現状の障害者雇用促進のしくみを、あらためてみておきたいと思います。
 大雑把にいえば、企業はその従業員数に法定雇用率1.8%を乗じた数を上回る障害者を雇用するようにしなければならないとされています。従業員数が56人以上になると、その0.018倍が1を超えますので、障害者雇用の必要が発生するわけです。そこで、従業員56人以上の企業は、毎年6月1日現在の障害者雇用状況を公共職業安定所に届け出なければならず、さらに常時従業員301人以上の企業は、法定の雇用すべき数に不足した場合は1人につき月5万円の納付金を納付しなければならないとされています。この納付金は、多数の障害者を雇用している企業への報奨金や、障害者雇用のための施設改善・設備改善に対する助成金に使われます。
 また、障害者雇用に消極的な企業に対しては、厚生労働大臣が雇用計画の作成を命じ、その内容や実施状況が不適切な場合には特別指導を行い、それでも改善が見られない場合は企業名を公表するとされています(ちなみに、過去、1992年3月に、石岡信用金庫(茨城県石岡市)、サトウダイヤモンドチェーン(東京都港区)、ワーナーランバート(東京都港区)アルペン(名古屋市中村区)の4社が企業名公表の不名誉を被っています)。
 このしくみは、「企業は社会連帯の理念に基づき、障害者が職業人として自立しようとする努力に協力する責務がある」という基本的な考え方に立っており、それが「1.8%」という法定雇用率に現れています。
 どういうことかというと、厚生労働省障害保健福祉部の「平成13年身体障害者実態調査」によれば、平成13年の18歳から64歳までの身体障害者の総数は約124万人、同じく「平成12年知的障害児(者)基礎調査」によれば、平成12年の18歳から64歳までの知的障害者の総数は約23万人で、時期は1年違いますが、合計で約147万人と見てもいいでしょう。これに対し、平成12年の国勢調査によれば、わが国の18歳から64歳までの人口は約8,622万人ですから、障害者の比率は約1.7%という計算になります。現実の法定雇用率の計算には、重度障害者のダブルカウントや除外率がありますし、国や地方公共団体などの法定雇用率は2.1%となっているなど、単純に比較はできませんが、それにしても1.8%という法定雇用率は、荒っぽくいえばすべての企業がこれを達成すれば障害者の失業はなくなる、というくらいの水準で、達成にはかなり困難をともなうものだと考えられます。これは、社会連帯の精神にのっとり、すべての企業が等しくその責務を果たし、結果としてすべての障害者に雇用の場を提供しようという考え方でしょう。それはそれでひとつの理想だろうと思います。
 したがって、これは追求すべき理想なのであって、常に達成されているのが当然というものではありません。さらに、現実には障害者雇用には企業施設・設備の改善や受け入れ体制の整備、その後の定着のための配慮など、時間も費用も相当のものがかかります。そこで、企業は行政の指導と支援を得ながら努力し、信頼関係を基盤に協力しあいながら理想をめざして計画的に進めていこうというしくみになっているわけです。
 したがって、現状を見るにあたっても、この1.8%という数字がどういうものかを十分ふまえて考えなければなりません。
 今回、情報公開を求めた市民団体は、障害者雇用率が低い、あるいは未達成企業が多いことをもって、「企業が法律上要請されている責任を果たしていない」と考えているようですが、法定雇用率のこのような性格を考えれば、こうした考え方は誤りではないかと思います。
 むしろ、例えば実雇用率を見ても、算出方法が現在と同じになった平成5年の1.41%から、平成13年の1.49%まで、わずかずつながら一度も低下せずに上昇しています。経済環境の悪さを考えれば、企業はそれなりに努力しているともいえるのではないでしょうか(もっとも、最近になって障害者の解雇が増えているとの話もあるので、この年末に発表される今年のデータがどうなるかはわかりません)。
 さて、実際に情報公開が行われた場合はどのようなことが起きるでしょうか。開示を請求した市民団体は、情報公開や審査請求にあたっての建前としては障害者雇用促進の社会的な重要性を強く訴えているわけですが、現実にはむしろそれを阻害する可能性が高いだろうと思います。
 この市民団体は、法定雇用率が未達成の企業に対して、法定雇用率に対する不足分の納付金の支払で株主に損害を与えたということで、株主代表訴訟を起こすことを考えているそうです。そうなると、おそらくマスコミなどでも報道され、その企業は「法定雇用率を達成していない企業」という不名誉を着せられることになるでしょう。もちろん、法定雇用率を達成していないことはなんら違法ではなく、本来これは決して不名誉なことではありませんが、世間が不名誉と受け止めることは明白です。企業の障害者雇用担当者にしてみれば、これまで行政の指導や支援を得ながら計画的に障害者雇用の拡大にまじめに努めてきたにもかかわらず、その時点で法定雇用率を達成していなかったために、未達成企業として喧伝されてしまうという、まことにやりきれない話になってしまいます。そうなると、担当者、あるいは企業は、1.8%という数字に対してあきらめを感じるとともに、行政に対して強い不信感を抱き、障害者雇用に対して協力的でなくなってしまうかもしれません。特に怖いのが、今回の開示請求をみてから雇用率が未達の企業に次々と株付すれば、雇用率は簡単には上がりませんから、翌年には代表訴訟が可能になってしまうという点です。これが現実になれば、障害者雇用に関する行政の信頼は完全に失墜し、甚大なダメージを被るでしょう。
 そもそも、障害者雇用促進の社会的な重要性を強く訴えているにもかかわらず、株主代表訴訟という経済的利益追求の手段に訴えるというのが矛盾した話であるともいえます。しかも、納付金は違法行為に対する罰金ではありませんし、前述したようにそれを払うことが不名誉とか、あるいは責任を果たしていないということでもありません。考えようによっては一種の税のようなものともとれるわけですから、それが株主や会社に損害を与えたといえるのかどうかは疑問のように思われます。さらに、納付金を納めないですむように、その分の障害者を雇用したとしたら、仮に健常者と代替したにしても、一人月5万円という納付金の金額を考えれば、そのほうがはるかにコストアップとなるでしょう。結局のところ、この市民団体は、株主の利益はもとより、障害者雇用についても本気で考えているとは私にはどうしても思えません。障害者雇用をダシにし、代表訴訟を道具にして、売名行為や企業への嫌がらせ、特定の政治的な宣伝、あるいは不明朗な利益の獲得を意図している、ある意味総会屋まがいともいえるようなものではないかとまで思えてしまいます。
 あっさり開示を裁決した厚生労働省の姿勢にも大いに問題があります。開示が障害者雇用促進を妨げるから、当初は非開示としたはずであり、現に、今回の審査にあたっても、府中公共職業安定所長がその趣旨の意見を述べています。聞くところによれば、審査会の答申は必ずしも法的拘束力があるものではないとのことですから、前例はないということですが、行政にはあくまで正論を貫き、答申にもかかわらず毅然として非開示を裁決してほしかったと思います。
 今後とも未達成企業や雇用率の開示が続くとしたら、残念ながらこれまでの行政と企業の信頼関係を基盤にしたしくみは維持できないと考えなければなりません。その場合は、法定雇用率を廃止するか、あるいは未達成であれば不名誉とされても致し方ない水準(特に根拠はありませんが、たとえば全国平均の半分とか)に設定しなおすことが必要でしょう。
 なお、審査会の答申に関しては、公開させる範囲をなるべく広くとろうという意図が若干感じられなくもありませんが、大筋においては情報公開法の趣旨に従って、事案を法にあてはめて判断しているように思われます。そういう意味では、一部の報道で開示請求者が「障害者雇用を促すために開示すべきとされた」ともとれるコメントを行っているとされているのは不適切で、むしろ答申ははっきりと「これら情報を公開することにより障害者の雇用の促進をはかるという行政目的を持って行うものではない」と述べています。おそらくこれがあるべき姿勢なのでしょうから、審査会に障害者雇用に対する悪影響を訴えて非開示を求めることはもともと理屈に合わないということになりましょう。であれば、こうした不具合のある答申が出なくてすむよう、情報公開法のほうも微修正が必要なのかもしれません。

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