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先月27日、厚生労働省の「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」が、「誰もが年齢にかかわりなく、能力を発揮して働くことができる社会の実現に向けて」と題する「中間とりまとめ」を発表しました。 その内容を見てみますと、まず「検討の視点」として、「中高年労働者の深刻な雇用状況、環境変化に対応するための企業経営上の必要性、労働者の就業意識の多様化、高齢化・労働力減少などを踏まえ、過度に年齢に偏った現行の雇用システムを見直し、年齢にかかわりなく能力を発揮して働ける社会を作り上げていくことが必要」という問題意識が掲げられています。 まずは、めざすところとして、「年齢ではなく能力を評価軸とする社会と雇用システム」「多様な能力を最大限に活かす働き方を選べる社会、雇用システム」をつくるということで、「職務を明確化し、それに基づいた能力評価システムを労働市場に根づかせる」「能力やニーズに応じた多様な雇用形態、自営開業、ボランティアなど、幅広い働き方を可能とする環境整備」が必要だと述べています。 さらに、具体的な条件整備としては、「各人の有する能力が明確かつ公正な基準で評価され、雇用・処遇される、より柔軟な雇用システムへの転換」「職務の明確化と企業横断的な能力評価システムの確立」「より複線的・多元的な賃金・人事処遇制度の確立」「短期的な業績のみに偏ることなく、長期と短期のバランスのとれた評価・処遇システムを確立」「雇用就業形態の違いによる待遇格差の是正」「多様な働き方に対応した税制や社会保障制度等の整備」「労働力需給調整機能の強化」「募集・採用時における年齢制限の是正に向けた一層の取組」「定年の引上げや継続雇用制度の導入・改善の推進」などがあげられています。これはまだ途中なのですが、読んでいてため息が出てくるような内容です。 なにより、いきなり「年齢にかかわりなく働ける社会をつくる」ことに対して「環境変化に対応するための企業経営上の必要性」がある、と述べられていて、その具体的内容は「年功序列はもはや立ち行かず、能力・職務重視の人事処遇制度の確立が喫緊の課題」ということなのですが、だから「誰もが年齢にかかわりなく働ける社会」にすべきだ、というのは論理の転倒です(年齢にかかわりなく働ける社会にするために能力・職務重視が必要だというのならわかりますが)。また、「労働者の意識の変化」を言いますが、少なくとも定年制に関しては今もかつても大多数の労働者に支持されており、これに関しては意識が変化していないということはどう受け止められているのでしょうか。 また、「年齢ではなく能力を評価軸とする社会と雇用システム」と言われれば、たしかにそれは誰しもそのとおりとしか言いようがないでしょう。それどころか、今さらわざわざ言われなくても民間企業の多くはそれに向けての取り組みを進めているわけです(能力なのか成果なのか業績なのか、潜在能力なのか顕在能力なのか、などといった議論はありますが)。問題は、年齢が誰の目にも明らかであるのに対し、能力を正確かつ万人の納得が得られるように測定することが極めて困難であるという点にあります。 中間取りまとめはこれに関して、まずは「職務を明確化」し、明確化された職務について「企業横断的な能力評価システムを確立」して「労働市場に根づかせる」ことを主張します。これがいかに非現実的な話かは、実務家であれば一目瞭然でしょう。たとえば労務屋の仕事を見ても、賃金制度も就業規則も企業によって異なるわけですし、友好的な労組もあれば敵対的な労組もあります。人手不足のときもあれば人余りのときもあります。全国採用で正社員を集める企業もあれば、従業員の8割がパートタイマーという企業もあります。こうした千差万別の仕事をどうやって「企業横断的」に評価可能なように「明確化」するのでしょうか。「思考・行動特性を含めて」などと書かれていますが、コンサルタントを喜ばせるだけで、現実に企業が使えるものができるとは思えません。まったくの絵空事とはいわないまでも、仮にその評価制度を作ったとしても、各企業がそれに合わせて仕事をさせなければならないということになるわけで、それはあまりにも柔軟性を欠くことになるでしょう。 この会合は「有識者会議」とのことで、実務家もまじえての検討が行われたそうなのですが、それにしては、ここまでの部分はいかにも机上の空論が多いように思います。 さて、「中間とりまとめ」はさらに、「定年・解雇等の退職過程の在り方」として、定年制について「能力のある高齢者の活用の妨げであり将来的に廃止すべき」と「労働者の生活の安定や企業の雇用管理上の目安として重要」との両論を併記しています。その上で、定年制を廃止した場合には「能力評価制度が確立していない中では納得の得られる解雇基準の設定は困難」と述べ、「処遇を見直した上での継続雇用と定年廃止とのコストを比較しつつ、退職過程全体の検討が必要」としています。このあたりは企業の実情をふまえた議論になっており、さすがに実務家をまじえた議論の結果という感じがします。労使双方の大多数が定年制廃止を望んでいないという現実や、能力評価制度の確立自体がそもそもきわめて困難であることを考えると、定年制の廃止は非現実的であると考えるのが常識的でしょう。ましてや、現下のような経済環境下で定年制を廃止した場合、「誰もが年齢に関係なく働ける社会」は「誰もが年齢に関係なく働けない社会」と同義であることに十分留意すべきでしょう。 この後、中間取りまとめは「年齢差別禁止」にも言及し、やはり「年齢差別禁止というアプローチをとる必要がある」と「年齢にかかわりなく働ける社会と年齢差別禁止は異なり、人権保障政策と雇用政策を区別すべき」「年齢に代わる基準がない中では労働市場の混乱を招く」の両論を併記しています。これに関しても、そもそも老齢年金の支給なども年齢を基準にして設計されている以上、雇用のみ年齢基準を禁止するというのは無意味ではないでしょうか。中間とりまとめは「誰もが高齢期を迎えるという意味で年齢差別という概念が他の差別と異なる」とも述べていますが、実際、年齢というのは男性も女性も、老いも若きも、日本人もアメリカ人も、資本家も労働者も、お金持ちも貧しい人も、自由主義者も社会主義者も、誰しも例外なく1年に1歳加齢するわけで、どうしても逃れることはできないわけですから、これほど公平なものはないともいえるわけです。 「中間とりまとめ」は最後に、「今後10年程度で少なくとも65歳までの雇用の確保を確かなものとする」と述べたうえで、あわせて「職務の明確化と社会的能力評価システムの確立」「能力・職務重視の処遇制度の普及」「能力を生かせる多様な働き方の環境整備」「募集・採用時の年齢制限の是正」に取り組むとしています。まあ、処遇制度については放っておいても進むでしょうし、多様化についても同様でしょう(「能力を生かせる」への評価は分かれるかも知れませんが)。 理念や理屈はともかく、老齢年金支給開始年齢の引き上げが決まっているわけですから、65歳までの雇用の確保は非常に重要な課題であることは間違いありません。重要であればこそ、現実的な取り組みが必要になってくることは言うまでもないでしょう。であれば、非現実的な理想を追って「職務の明確化と社会的能力評価システムの確立」などに無駄な労力を費やさず、より具体的な処遇や仕事の見直しを組み合わせた65歳定年延長(あるいは希望者全員の再雇用)の拡大に全力をあげるほうが、実現可能性という意味でも実効性という意味でもまさるのではないでしょうか。 |