休暇改革は「コロンブスの卵」か(14.6.27)



 今月上旬に、経済産業省の「休暇制度のあり方と経済社会への影響に関する調査研究委員会」が、「休暇改革は『コロンブスの卵』」と題する報告書を発表しました。年次有給休暇を完全取得することにより、実に11.8兆円の経済波及効果と、148万人の雇用創出効果が見込めるのだそうです。これが本当に実現すれば、ごく単純に計算すれば、GDP成長率にして約2.3%(!)の効果であり、また、完全失業率が約2.3ポイント低下することになります。しかし、本当にそんなにうまくいくのでしょうか。
 もちろん、休暇の取得を増やすことは国民生活の厚生面で大いに結構なことでしょう。なんでも、未取得のまま失効している年次有給休暇は、日本全体で4億日を超えるのだそうです。国際的に見ても改善が遅れている(欧米への過大評価もあると思いますが、それにしても)分野であり、一段の取り組みが必要であることについては異論はありません。実際、報告書も指摘するとおり、(年次有給休暇に限らず)わが国の休暇は短いうえに集中するといった問題点を持っており、より上手に休むことを考えていく必要があるでしょう。休暇取得の増加は消費の増加につながり、それが経済を活性化するということも、おそらく間違いないものと思います。
 とはいえ、それが本当にこの強気な試算が主張するほどの効果をもたらすのかどうかは、いくらか疑わしい感じがしないでもありません。
 経済効果については、「年次有給休暇が完全取得できたら何をしたいか」というアンケート調査の結果に基づいて、取得された休暇でどのような活動が行われるかを推計しているようです。ちなみに最も多かったのが「2泊以上の国内旅行」で36.7%、次が「一週間以上の海外旅行」で17.5%となっています。まずはこれをもとに「希望」の総量を推計し、これに過去の調査における「希望」と「実現」の比率を乗じ、さらに、年次有給休暇完全所得による休暇環境の改善(休暇の分散化などか)による活動の増加分(過去の意識調査から25%と推定)を乗じています。あとはこれに各活動の原単位(これも過去の調査結果による)を乗じて金額換算し、産業連関表で波及効果を算出しているようです。ここまでで経済効果は7.4兆円にのぼります。あとは、余暇関連産業での雇用増・所得増を通じた効果が1.9兆円、年次有給休暇取得の代替要員の雇用増・所得増を通じた効果が2.5兆円ということで、しめて11.8兆円也!という計算のようです。
 次に雇用増については、まずは代替要員の雇用ですが、4億日についてすべて代替要員が必要となると180万人の雇用増となりますが、労働時間の短縮が生産性の向上をもたらすことから、過去の時短による生産性向上の趨勢値をもとに試算した生産性向上を織り込んで、92万人の代替要員の雇用が増えると見込んでいます。それに、休暇取得による消費増にともなう雇用増56万人を加えて、148万人になるという算術です。
 そこでこの計算がどうか、ということですが、私の理解不足や誤解も相当あるだろうとは思いますが、報告書記載の情報を見るかぎり、かなりの疑問を感じざるを得ません。合理的に計算されているとは思いますが、おかれている前提があまり現実的ではないように感じられるのです。
 そのひとつは、休暇活動の増加分の推計がいかにも甘いのではないかということです。アンケート調査では2泊以上の国内旅行とか一週間以上の海外旅行とかいう希望が出ているわけですが、おそらく回答者としては年次有給休暇の完全取得というあまり現実的ではない仮定に対して、なんとなく漠然とした希望を回答しているものと思われます。現実には、休日が増えても収入は変わらないわけですから、これらの休暇活動に必要な多額の費用は、現状の収入内から捻出しなければならないわけですが、そこまで考えて回答している人はあまりいないのではないでしょうか。
 これに対して、試算では現状の実現率(希望を実行した割合)を使って調整しているわけですが、「現行余暇・現行収入」における実現率を「余暇増・現行収入」という限界的な状況に適用するのは、この場合は過大推計になるような気がします。実際、旧総理府の「余暇時間の活用と旅行に関する世論調査」(平成11年)の結果を見ると、「現在の余暇活動に満足していない理由」としては、「休日が少ない」「長期休暇がない」の合計が25.7%なのに対して、「金銭的余裕がない」「お金がかかりすぎる」の合計も24.6%に達して拮抗しています。これまた「現行余暇・現行所得」での結果なので、さらに余暇だけが追加された場合は、金銭的不足を感じる人はさらに増えるでしょう。休暇だけの増加による余暇活動の増加の効果は限られたものになると考えるべきだと思います。
 また、報告書のアンケート調査では「追加したり増やしたいものは無い」は13.6%にとどまっていますが、旧総理府調査では「現状の余暇活動で満足している」が44.3%という結果が出ています。「休暇が増えたら何をしたいか」という問いに対しては、「現状でも満足だが、追加するとしたらこんなこと」という回答がかなり含まれているでしょう。その実現率はやはり低くなると見るべきではないかと思います。
 これに加えて、経済環境の悪さがあります。財団法人自由時間デザイン協会の「レジャー白書2001」は、年間総労働時間が減少しているにもかかわらず、余暇時間が減少したと感じる人が増えている理由のひとつとして「、家計所得の減少、雇用不安などが重くのしかかる経済環境の中で、生活の『ゆとり感』が失われていること」を指摘し、「パソコンなど『自分磨き』の余暇活動」が顕在的にも潜在的にも伸びていると述べています。こうした状況の中で、現実に年次有給休暇を完全取得するとなった場合、収入が増えているわけでもないのに呑気に大枚はたいて海外旅行に出かける人はそれほど多いとは思えません。むしろ、同じおカネを使うにしてもパソコンなどの自己啓発に向かうのではないかという気がします。
 もうひとつ現実的でないと感じるのが、「年次有給休暇を完全取得しても、年収は変わらない」という前提です。こう書くと、どこが現実的でないのか、当然ではないか、と反論されそうです。年次有給休暇は法的に『有給』が権利として保証されているではないか、というわけです。報告書も、年次有給休暇の未取得が「結果として企業側の『大きな利益』になっている」と揶揄しています。そこには「企業が年次有給休暇を取得させないのはけしからん」という考え方があります。たしかに、その批判もかなりの程度当たっていることも事実でしょう。
 しかし、企業経営の現実はそのような筋論で動いているわけではありません。企業経営上要請される総額人件費の範囲というものが当然あるわけであり、賃金も多分にそれによって決まってくるのも一面の事実です。ごくありていな言い方をすれば、「今現在の働き方、仕事に対して、今現在の賃金が支払われている」ということです。年次有給休暇の取得が現状レベルだから現状レベルの賃金が支払えるのであって、休暇取得のレベルが変われば賃金のレベルも変わるというのも、また自然な考え方でしょう。実際、ワークシェアリングをめぐる論議の中では、「労働時間短縮相当分、賃金を減額する」という議論がしきりに交わされました。
 報告書でも、代替要員雇用はコストアップであると認識し、その規模を2.8兆円と推測しています。報告書はこれについて「(代替要員雇用増の効果を除いた)9兆円の波及効果があるから、マクロ的には十分カバーできる」と述べています。しかし、この波及効果による雇用増を見込んでいるということは、別途それに対応した人件費がかかるということですから、そのうえさらに代替要員で2.8兆円コストアップしてもいいという理屈は理解に苦しむものがあります。ましてや「マクロ的には」カバーできても、個別企業としてみれば自社がカバーできなければ意味がありません。さらに、このコストアップによって国際競争力が低下し、輸入品で代替されたり輸出が減ったりする可能性があることも、現実の企業経営では考慮されるでしょう。
 こう考えると、「年収は不変」という前提は現実に照らしてかなり楽観的であると言わざるを得ないように思います。「盗人猛々しい」との反発は正論であるかも知れませんが、政策効果の予測にあたっては、善悪の判断は別として「本当に起こるのはどういうことか」ということを念頭におく必要があると思います。
 ほかにも、別のところでは代替要員の雇用増にともなう「所得増」がコストアップ額と同じ2.8億円と試算されていますが、人件費は所得(支払賃金)に社会保険料や福利厚生費などが加算されるわけなので、所得増とコストアップが同額というのは明らかに不自然で疑問が残ります。
 もちろん、年次有給休暇の取得促進は大切な課題ですし、それが消費増につながる効果があることも間違いないものと思います。とはいえ、報告書が主張する11.8億円の経済効果と148万人の雇用増というのは、いささか疑問がある数字であると思います。おそらく、連合などはこの報告書を鬼の首を取ったように引き合いに出すでしょうが、慎重な議論をお願いしたいものです。

労働雑感にもどる

opinionsの目次にもどる

iconホームにもどる