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ちょっと古い話になりますが、10月19日の朝日新聞、20日の日経新聞に、それぞれ「労災保険料の引き下げ」に関する記事が掲載されていました。 もともと労災保険は3年に1回再計算することとされており、次回の改定は平成16年度になりますが、これを前倒ししようということのようです。労働災害は、安全技術の向上や、就労環境の改善などによって年々減少しています。昨今の経済不振で、ご多分にもれず労災保険も保険料は減少していますが、それと同時に就業者や就労時間も減少し、連動して労災も減少しているため、その会計は雇用保険とは対照的に潤沢であり、すでに積立金の水準は7兆円に達しているということです。年間の労災保険の給付額は、大雑把に約9,000億円程度なので、たしかに潤沢な積立金といえるでしょう。ちなみに、労災保険も保険給付以外の事業(労働福祉事業)を行っており、こちらは約3,000億円の支出を行っています。その中には、昨今注目されている「未払賃金の立替払」事業も含まれています。 労災保険の料率は、業種による労災の多寡を反映して業種別に設定されていますが、労災の減少にともなって料率も一貫して低下しており、前回の改定時にも、最低1000分の6〜最高1000分の134から、最低1000分の5.5〜最高1000分の133となり、ほとんどの業種で引き下げられました。それでもなお、平成13年度決算では年間約2,000億円以上の黒字、平成14年度予算でも1,000億円以上の黒字見込みとなっています。 まずは、はたして労災保険の積立金というのがどれだけ必要なのかというのが問題です。積立金は、収支が悪化したときに取り崩し、運営の安定をはかるべきものですから、通常毎年多少の積立は行えるようにしておくことが望ましいことは云うまでもありません。とはいえ、労災保険は、不況で収入が伸びないときには、就労時間も伸びていないため労災も増えず、給付も伸びないという傾向があります。これは、不況で収入が伸びないときこそ失業が増えて給付が増える雇用保険とは逆に、比較的安定的な運営がやりやすい特徴があるといえるでしょう。そういう意味では、積立金の必要性は雇用保険に較べれば低いはずです。 ただし、労災保険の場合は、大物の労災事故が起こった場合に巨額の給付が発生する可能性がある点には考慮が必要でしょう。最近の労災死亡者数は年間1,800人程度、休業4日以上が134,000人弱ですが、たとえば同時多発テロのような大事件が起きて、それが労災事故ということになると、給付金額が一気に膨れ上がる可能性がありますから、それに対する備えはたしかに必要でしょう。それでも、給付が年間9,000億円ですから、これが倍になったとしても8年分近い積立があることになります。もちろん、この積立金が生む利息がけっこうな収入をもたらしていますので、一概にはいえませんが、今後さらに、比較的労災の多い建設業や鉱業などの就労者は減少し、労災の少ないホワイトカラー職種などの就労者が増えるでしょうし、安全技術の進歩や就労環境の改善も一段と進むことが期待できます。高齢化の進行など、労災が増える方向に働く要素もありますが、それでも積立金を減らす余地はかなりありそうに思われます。労災給付が倍になるような大事件が起きたなら、それこそそれはその時に特例を作って対応するという考え方でもいいはずです。 保険料収入が年間約1兆5,000億円なので、0.1%の引き下げで約1,500億円の減収となります。これはおおむねここ数年の黒字幅に近い数字なので、現状の積立は維持できるということになります。それに加えて、積立金の適正水準はどれだけで、その状態での保険料率はどの程度で、何年かけてそこに到達するのか、という議論を行うべきだといえるでしょう。本来ならば、こうした議論が重ねられた上で、平成16年度から一段と引き下げた料率が適用されるというのが順当な成り行きであったわけです。 ところが、ここにきて突然改定の前倒しが検討されることとなった事情として、両紙はともに「財政難に陥っている雇用保険の保険料率を引き上げようとするにあたり、企業の負担に配慮し、理解を求める」といったことを指摘しています。朝日新聞によると、これはデフレ対策の一環として小泉首相が指示したとされています。 ひとつのアイデアではあるかもしれませんが、それにしてもいかにも場当たり的な対応だという印象を受けるのは私だけでしょうか。きょう(10月28日)の日経新聞朝刊には、厚生労働省が雇用保険料率を0.2%再引き上げする方向で調整中との記事が掲載されていました。労災保険と雇用保険はベースが同じですから、0.2%は3,000億円に相当します。引き上げられる部分は労使折半なので、企業の負担増は0.1%です。そこで、労災保険の方を0.1%引き下げれば、企業にしてみれば差し引きチャラなのだから勘弁してくれ、という理屈なのでしょう。なんとも志の低い話といわざるを得ません。 そもそも、本来ならきちんと労災保険の将来見通しと収支、積立金のあり方をきちんと議論して保険料率を決めるべきところを、雇用保険の料率アップとセットにするという安易な議論に陥らせてしまったというのはいかにも問題ではないでしょうか。 しかも、労災保険料は使用者の全額負担なので、引き下げの恩恵を受けるのは企業だけであり、労働者は雇用保険料の負担増をそのまま引き受けることになります。もちろん、理屈はそれでも合っているでしょうが、これで大方の納得を得ることができるでしょうか。企業サイドも、労働者だけが負担増となる政策パッケージに積極的には賛成しにくいのではないでしょうか。 そのうえ、労災保険料にはメリット制があり、過去の労災の状況に応じて、最大上下40%の幅で保険料が変動します。したがって、過去労災が少なかった企業においては、雇用保険料引き上げの負担増の方が大きくなります。あるいは、労災保険料率の改定をきちんとやるのであれば、業種別に改定することになりますから、今回たまたま労災事故が多く、料率が引き上げられる業種(事実、前回改定でも4業種は引き上げ改定となっています)においては、わざわざ1年前倒しの改定で負担増のダブルパンチをくらうことになります。 こうした筋の悪い施策をわざわざ持ってこられると、雇用保険料の引き上げにあたり、行政として本来行うべき努力をせずに、労使に負担増を求めようとしているのではないかと勘ぐりたくもなってきます。妙な辻褄あわせの議論をするのではなく、雇用保険は雇用保険、労災保険は労災保険で、きちんと適正な運用を実現する努力を進めてほしいものです。 |