政治の世界も人事は難しい(14.10.3)



 私は政治については酒呑み話程度の知識しかないのですが、「人事」が最大の関心事のひとつであることは政治家の世界でも同様のようです。最近、政界で民主党の執行部人事や、内閣改造といった「人事」がらみのできごとが続きましたが、これを企業人事実務との比較で見てみたいと思います。
 まずは民主党の方ですが、党首選でもかなりの混乱と迷走があり、組織の問題としていろいろ考えさせられる材料もありましたが、これはいずれにしても選挙であり、企業の人事とはかなり異なるものなので、ここでは取り上げません。それに対し、執行部人事は基本的に党首の人事権によって進められるという点で、基本構造は企業の人事と共通するものが多いといえるでしょう。
 今回の人事で最も問題視され、批判されたのは、党ナンバー2に中野寛成氏を起用したことでしょう。その理由は人によりさまざまなようですが、ざっと要約すれば、この人事が「露骨な論功行賞」であり、「世代交代を求める若手の声を反映していない」ということで、「この体制では選挙に勝てない(政権交代もできない)」というところでしょうか。
 こうした批判について、世間ではあまり疑問が持たれていないようですが、しかし人事実務の観点から考えると、どことなくしっくりこないものを感じます。たしかに、政治活動の業績ではなく、選挙で協力したことの論功行賞でナンバー2ポストの人事を決めるのは筋が悪いと思います。そういう意味では、鳩山党首が「そういう(論功行賞の)部分もある」ことを認めたと報道されているわけですが、これは人事権者としては非常にまずい対応であったと言わざるを得ないでしょう。
 とはいえ、論功行賞がすべて悪いわけではなく、政治活動の業績に対する論功行賞、すなわち「実績」で人事を行うことは、これはむしろ合理的な考え方のひとつといえるでしょう。民間企業の「成果主義」などというものは、まさに論功行賞にほかならないともいえます。その点、中野氏は、評価はさまざまかも知れませんが、それなりに党内で有数の政治活動の実績を持つことも事実であり、それがナンバー2にふさわしいかどうかという議論が必要なのではないでしょうか。
 選挙協力にしても、協力した最大の理由は「政策が共通」ということでしょう。組織運営において、リーダーがその方針を共有できる人をナンバー2に選ぶことは、これまたむしろ自然なことであると思われ、民間企業ならばむしろ当然のことといえるでしょう。
 人物がどうかという点はおくとすれば、中野氏の幹事長起用については、組織の人事の考え方としてはむしろ常識的であると考えられる点も多いように思われます。
 これは要するに、「何のためにこの人事を行うのか」という考え方次第ということなのでしょう。この人事が「鳩山氏が考える政策を推進する」ためであれば、いま見てきたように中野氏の起用にはかなり合理的な理由があります。人事をもっぱらインセンティブという面から捉えるのであれば、「世代交代を求める声」に配慮する必要も出てくるでしょう。企業の人事でも同様ですが、組織の目的を遂行するには、メンバーのモチベーションを高めることが必要であり、業務の執行のために適切で、かつインセンティブともなる人事が必要であることは間違いありません。その両立はときに難しいこともあり、バランスに苦心するわけです。
 民主党に民間企業と異なる事情があるとしたら、ひとつは「選挙に勝つための人事」という特殊事情があること、もうひとつは政策的に幅広いウィングを取り込んでおり、政策面での組織の目的が必ずしも一本化されていないことの2点があげられるでしょう。
 「選挙に勝つため」の人事であれば、実績や政策より、知名度と人気のある人を幹部に登用することが手っ取り早い方法になるでしょう(優れた政策を訴えて選挙民の支持を得るのが正論ではないかとは思いますが)。実力や実績は考えずに、田中真紀子元外相のような人気者(民主党でいえば菅直人さんでしょうか)を担ぐわけです。ある意味政党は人が商品なのですから、当然といえばいえるかもしれません。民間企業でも、魅力的な経営トップが企業の広報宣伝に貢献するケースはあるでしょう。
 「組織の目的が一本化されていない」というのは、民間企業なら命取りになりかねない大問題ですが、政治の世界ではむしろ過度に一本化されるとファッショに陥る危険性もあるわけで、必ずしも悪いわけではないという意見は理解できるものがあります。そこが政党の運営の難しさなのでしょう。
 いずれにしても、「どういう目的で、どういう考え方でこういう人事を行ったのか」について、人事権者は明確な説明をしなければならないというのは企業経営では常識に類することであり、鳩山氏がこれをきちんと行っていないのであれば、いささかリーダーシップを疑わざるを得ないのではないでしょうか。
 閣僚人事に関しては、目的意識については「小泉首相の考える構造改革を推進する」ということでかなり明確なようですし、「そのために政策の近い人を起用する」という考え方もはっきりしているように思われます。首相の政策方針が本当に適切なのか、そのための具体的手法はどうなのか、といった大問題は別にあるわけですが、少なくとも人事の方針は説明されているといえそうです。
 逆にいえば、組織に対するインセンティブという面では犠牲をはらっているといえるでしょう。内閣の人事と与党の人事が連動・一体化しているのは理屈としてはわかりにくいのですが、これまで閣僚ポストが党務や閥務に対する大きなインセンティブになってきたことは事実らしいからです。政策の相違によるフラストレーションのある中での政策一致を重視した人事という意味では、案外民主党と事情は似ているかもしれません。最大の相違点は、鳩山氏と異なり、首相自身が集票力のある人気者であるという点だといったらあまりに皮相でしょうか?
 もうひとつ注目されるのが、「当選4回の若手」が多数起用されるなど、能力・成果主義的な動きがある点です。従前、「当選5〜6回が閣僚適齢期」で、「派閥の推薦で順送りに入閣」という、まことに年功序列的な人事が行われてきたわけですが、第一次小泉内閣では若手抜擢や民間人登用などが従来に較べてかなり大胆に行われ、成果主義的な印象を受けました。今回も新入閣者の若手抜擢にそれが引き継がれていると感じます。さらに、今回は多くの閣僚が留任しましたが、なにかと批判を集めていた閣僚は交代しており、これはある意味成果主義的に留任・交代が決まったという見方もできるのではないかと思われます。
 だれもが納得し満足する人事というのは不可能に近いわけですが、人事をめぐる恨みは深く堆積するものです。わが国の大政党が人事で混乱するのは残念な事態であり、リーダーがその力量をしっかり発揮してほしいものだと思います。

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