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今回は、選抜高校野球大会(「春の甲子園」)の出場校選考を材料に、人事担当者にとって最重要の問題の一つである「評価」について考えてみたいと思います。 太田市立商高が選抜高校野球大会の出場校に選ばれなかったことについて、太田市の清水聖義市長が高野連に選考の理由などの説明を求める公開の質問状を送ったそうです。市立校だけに、市長の落胆は想像に余りありますし、選考の経過や理由を知りたいというのも情において十分理解できるものです。 事実関係としては、東京を除く関東の出場枠4校の選考にあたって、秋の地区大会で準決勝まで勝ち進んだ4校のうち、太田市商を除く3校が選抜され、残り1校は準々決勝で敗退した水戸短大付高が選抜された、ということのようです。清水市長はこれに対して、「強いチームが選抜されるのが原則であるなら、これは論外である」と述べています。たしかに、従来、選考にあたっては秋季大会の結果がおおいに参考とされてきた経緯があり、選考委員会でも「各地区の秋季大会を視察した選考委員の報告」というのが重要な一部になっていますし、主催の毎日新聞社のホームページ(毎日インタラクティヴ)を見ても、選抜出場校選考のニュースは秋季地区大会のコーナーに分類されているくらいです。仮に「強いチームが選抜されるのが原則」であるとすれば、論外かどうかはともかく、かなり違和感がある選考であることは事実でしょう。 とはいえ、選抜高校野球の出場校は、成績のほか地域性も考慮して選ばれるということも周知の事実です。今回も、群馬県からはやはり地区大会準決勝進出の前橋高が選ばれていることから、おそらくは群馬県から2校の選出を避けたという事情があるのでしょう。しかし、これに対しても、清水市長は、群馬大会で太田市商が前橋高を3−0で1安打完封して優勝していることから、「どちらが甲子園にふさわしいか、そんなことはだれにでも分かる」と述べています。 それでもなお前橋高が選出された理由は、おそらく「県立の進学校」だから、ということではないかと思われます。選抜高校野球では私立より公立、職業校より普通校が好まれることや、とりわけ「文武両道」が関係者のお気に召すことも周知の事実です。しかもこの路線は強化されており、昨年からは「21世紀枠」と称して、「困難克服校や他校の模範となるチーム」を別に2校選抜し、「高校野球に活気を呼ぶ」こととされ、今年はまさに「野球と勉強に取り組む模範的な姿勢」が評価されて松江北高が選抜されたように、こうした学校が好まれるというメッセージは一応出ているといえるでしょう。これに対して清水市長は、「同じベスト4なら普通高校からというのかもしれないが、コンピューター得意の学校であってはなぜいけない。野球をやる子どもたちは皆、野球が青春なんだ。そんなことが理由なら、それは差別というものだ」と反論しています。 事実関係の紹介が長くなりましたが、これは人事担当者にとっても到底他人事とは思えません。もって他山の石とすべき事例ではないでしょうか。 選抜高校野球の出場校の選考というのは、人事管理で言えば昇進昇格人事に似ているような気がします。選ばれる学校(人)の中には、衆目の一致する人もいれば、惜しくも選ばれなかった学校(人)と僅差の人もいます。しかし、僅差にもかかわらず、選ばれるか選ばれないかの結果の差はかなり大差であり、しかも、外部からも目に見えます。選考(昇進昇格)の「枠」を決めて、同一県(部署)に偏らないように選考する、という手法もよく似ています。さしずめ、今回の太田市商のケースを昇格人事にあてはめてみると、「関東地区営業本部で4人の昇格枠がある。まず営業成績を見ると、埼玉支店で1人、栃木支店で1人は当確だ。その次が群馬支店で2人ということになるが、群馬から2人というのは偏っているから1人にして、その次の成績の茨城支店の1人を昇格させよう。さて群馬の2人のどちらを昇格させるかだが、営業成績はaさんの方が上だが、大差はないし、bさんの方が営業以外の仕事もよくやるし、人望もあるから、bさんにしておこうか」という感じでしょうか。そして、この昇格人事に対してaさんが苦情を申し立てている、というところです。 第一の問題点は、評価の基準は一応事実上周知のものとなってはいるものの、内容があいまいで、恣意的な判断が行なわれていることにあります。全国高校野球大会(「夏の甲子園」)のように、「予選」を行なって勝ち抜いた学校が出場するのであれば、営業成績だけで昇格を決めるのと同じことで、少なくとも恣意が入り込む要素はありません。選抜高校野球大会の選考については、秋季大会と選抜大会(選考会)との間にも時間がありますから、すべて秋季大会の結果だけで選ぶのがいいかどうかはたしかに議論はあると思います。主催者サイドには、「前年の秋季地区大会の上位校がそのまま選抜されるという意識が先行し、上位の試合内容に悪影響を与えているといった問題が指摘されてきた」という問題意識もあるのだそうです。具体的には、秋季大会で選抜「当確」になると、その後の試合が手抜きになるということで、たしかに明治神宮大会の手抜きぶりは明らかなのだそうです。全国高校野球大会についても、本当に「都道府県別予選」がいいのかどうか、東京だけ東西に分けるのがいいのかどうか、という制度上の問題点はあるわけで、牧野高野連会長がたびたび「秋季大会の結果だけで選ぶなら、選考委員はいらない」と発言しているのも、それなりに一理はあるわけです。昇格考課でも、営業成績だけで決定することはむしろ珍しいわけで、他にも勤務ぶりや営業以外の仕事での成果などが考慮されるのが普通ですし、やはり営業成績だけで決定するとなると、昇格が「当確」になったらそれ以上は頑張らないというモラルダウンが起きるかも知れません。 とはいえ、何が考慮されるのかがある程度明らかでなければ、いかに恣意を排して決定していると主張したところで、信頼を得ることはできません。選抜大会の場合、地域性を考慮するとか、「文武両道」を評価するとかいった情報は断片的にあるものの、それがどの程度のウェート付けを持つのかがまったく明らかではありませんから、「強いチームが選抜されるのが原則ではないのか」との疑問を持たれるのも当然です。地域性を考慮するならするで、「1県1校まで、東京・近畿は1都府県2校まで」とかいうルールを作ればよいのです。 第二の問題点として、評価の考え方が変動するということがあります。同県からの複数校出場が見送られた例は96年にもあるということですが、99年の選考にあたっては、高野連から「『地域性』という要因がまったく議論されず、あくまで実力本位で選考された」というコメントが出ているということです。昇格人事にしても、6年前には営業成績の他の要素が考慮され、3年前にはあくまで営業成績のみで評価され、今年また営業成績以外の要素が配慮されるというのでは、これまた不満が出ても不思議ではありません。また、昨年は一昨年までの一般選考枠32校に「21世紀枠」を加えて34校の出場としたのですが、今年は出場校数を34校から32校に戻したにもかかわらず、「21世紀枠」を維持したため、一般選考枠が30校に減りました。これで割りを喰ったのが実は関東と近畿でそれぞれ1減となっています。これがなければ関東は5校の枠で太田市商も出場できた可能性が高く、清水市長はこれには言及していないようですが、しかし選考に対する不信感を強める材料にはなっているでしょう。昇格人事で云えば、ある時「営業成績は悪くとも他の要素で昇格させる『社長枠』」を増設し、その後、「社長枠」の分だけ通常の昇格枠を減らす、というようなことをしたら、信頼感がダウンするのは当然でしょう。 第三の問題点として、選考経過や理由についての説明がないことがあげられます。清水市長が直接問題視しているのもここでしょう。 「契約理論」という経済学の一分野では、「評価基準が明確でない場合は、結果に大きな差をつけないのがよい」ということが示されています。これは私たち実務家の実感にも非常に合っているといえるでしょう。そもそも、選抜高校野球大会出場のような「大差のつく」選考には、選考委員による選考という不明確な方法は適切ではなく、全国高校野球大会のような「予選」の方がより適しているのです。昇格人事についてもこれは同様にあてはまるわけで、かつては「年功」というのがかなり明確かつ説得力ある基準であった時代もありましたが、現在では、なかなか評価基準を明確化できない中で、各企業とも、目標管理や多面評価などを取り入れて、いかにして評価に納得性を持たせるかに苦心しているわけです。そのための一つの重要な取り組みが、評価の過程や理由などを本人に面接制度などを利用してフィードバックすることです。実際、フィードバックを行なうことで、本人に対する評価の納得性を高めることができることは、すでにいくつもの企業で確認されています(評価全体の納得性は必ずしも高めていないようですが)。 もちろん、そのためには、評価基準は必ずしも明確でないにしても、「そのようなことを、このようなウェートで評価に含める」ということについては、かなりの程度の納得を得られるものを明示することが必要です。たとえば、営業成績など成果・業績のウェートが60%、勤務ぶりが20%、部下育成が10%、といった具合で、これもすでに多くの企業で取り組まれているところです。 こうした面では、今回の清水市長の質問に対する高野連事務局長の「秋季地区大会は選抜の予選ではないと説明するほかありません」というコメントは、率直に言って零点であると云わざるを得ません。これではまったく説明になっておらず、納得を少しも高めないでしょう。現状では「地域性」「文武両道」を評価要素とすること自体にも納得が得られていない段階なのですから、結果に納得を得るためには、よほど選考経過や理由をしっかり説明する必要があるはずです。 清水市長は、「センバツは異議を申したり、抗議をしたりすると不利になると言われている。それは専制君主のやることだ。センバツは決してそんなことをするはずがない」と述べています。企業においても同じ事情があるのではないでしょうか。「異議を申し立てると先々まで不利になるのではないか」という不安から異議や苦情が封じ込められているようなことはない、と言い切れる人事担当者がどれだけいるでしょうか。 評価は企業の人事管理にとってますます重要性を増しています。それだけに、謙虚な気持ちをもって評価の納得性を高める努力を続けたいものです。 |