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「文芸春秋」3月号に、玄田有史東京大学社会科学研究所助教授の「二十代、三十代社員があぶない」という記事が掲載されています。なかなか実感にあっているというか、涙なしには読めない記事なので、今回はこれをご紹介したいと思います。 この記事の中心的な関心は大企業のホワイトカラー職場で働く若者の実情です。長引く経済の低迷、就職超氷河期といわれる非常に厳しい若年雇用情勢のなかで、大企業に働く若者は「勝ち組」と目される存在です。しかし、そんな彼ら、彼女らの多くは、将来展望のもてないままに長時間の過重労働を強いられ、心身両面で健康を損ないかねない危険な状態にあり、しかも周囲がそれに対する理解を欠いているというのです。 なぜそのような状態に陥ったのか。まず指摘されるのが、人員削減の影響です。大企業はいずこも人減らしに走っていますが、ホワイトカラー職場では売り上げがダウンしても必ずしも仕事量は減らず、結果として個々の業務負担は増大します。負荷増が仕事の質低下を招き、それがさらなる業績悪化と負荷増につながるという悪循環につながっているといいます。合併や分社化などの組織再編も負荷増の原因としてあげられています。 次に指摘されるのが、ITの影響です。メールや携帯電話などのコミュニケーション手段の発達は、休日の呼び出しや追加的な調査要請などを容易にしたというのです。「電子メールは簡単に依頼をさせてしまう何かがある」というのは、多くのサラリーマンの実感でもあるでしょう。 もう一つ業務負担増の理由としてあげられたのが、上司の能力不足です。管理能力が低いために特定の優秀な人に業務が集中したり、判断能力がないために不要な業務が整理できず、部下が不要な仕事を続ける、といったものです。 さらに玄田氏は、業務負担増そのものに加えて、将来に対する展望のなさが問題であると述べます。まさにそのとおりで、自分のキャリアアップや能力向上に資する仕事であれば、長時間労働や過重労働もいとわない人は多いでしょう。ところが、成果主義の導入などによる四十代以降の賃金の伸び悩み、高齢化によるポスト詰まりなどによって、若者が将来展望をもてなくなっているというのです。ポスト詰まり、仕事詰まり自体は古くからある話ですが、いよいよ深刻化しているということでしょう。この問題の困難さは、中高年を排除して若者を登用することでは解決しないというところにあります。逆に、中高年が容易に排除され、キャリアが分断されるような状況の中では、若者はさらに将来展望を持ちにくくなるでしょう。 そこで、こうした状況にどう対処するか、という問題になるわけですが、玄田氏は若者に対しては「外に向かって、つねに心の窓を開いておく」ことを推奨しています。多様な人とのゆるやかな絆を通じて、自分の日常を修正し、「職場での評価は本当の自分の一部にすぎない」と自己を再認識することで、「大企業という組織のなかでクールにファイトすることを可能にする」と述べています。 意外なことに、企業・組織に対する具体的な処方箋はありません。記事の最後に「大企業が若者にとって未来が感じられる存在となったとき、社会は本当の意味でその閉塞感から脱することができるのだ」というエールが述べられるだけで、そのためにどうするのか、という示唆はありません。現状の最大の原因がリストラにあることはまちがいなく、企業の現状がリストラが不可避である以上は、当面手のつけようがない、経済環境の好転を待つしかない、したがって企業は経済環境を好転させるべく業績改善に努めよ、ということなのかもしれません。 とはいえ、企業にしてみれば、仮にいずれ経済環境が好転するにしても、その後も景気が悪くなるたびにこうした状況が繰り返されるのではたまったものではありません。そのための大企業組織のあり方を考えてみるのはそれなりに意味があるものと思います。 高橋伸夫東京大学経済学部教授に、『できる社員は「やり過ごす」』という著書があります。中間管理職、特に係長クラスに注目して、上司の無理難題を「やり過ごし」、必要に応じて「尻ぬぐい」をする、こうした働きが日本企業の組織の強さや柔軟さ、安定性につながっていることを明らかにした本です。1996年の本ですが、昨年文庫化されていますので、それなりに現在にも通じる内容だと評価されているのでしょう。現状の大きな問題点のひとつが、この「やり過ごし」が機能しなくなっていることではないかと思います。 これはなにより、中間管理職、現場リーダーの機能が低下していることを示しているといえるでしょう。そこには、たしかに前述のような中間管理職の能力不足もあるかもしれません。しかし、玄田氏も指摘しているとおり、IT化によって中間管理職の業務はむしろ高度化しているにもかかわらず(このあたりの事情は旧労働省の『「IT革命」が我が国の労働に与える影響についての調査研究報告』をごらんください)、リストラに加えて「IT革命で、ヒラ社員が直接社長にメールを送るような時代になったのだから、中間管理職は不要になる」という訳のわからない風説のせいで人数を絞り込まれているのが実態でしょう。機能低下の理由は、能力不足より多忙のほうがはるかに大きいのではないでしょうか。そもそも、ポスト詰まりになるということはそれなりに管理職がつとまる人が多いということです。中間管理職の役割を再評価し、業務の優先順位付けや配分、部下の就労実態の把握と育成に対する役割と責任を明確化するとともに、部下からのレポート先をその人一人に絞ることが必要でしょう。電子メールの報告は、同報ができるためどうしてもレポート先が増える傾向があります(それが中間管理職不要論の理由にもなっています)。当然のことながら、レポート先が多ければ多いほど、追加調査を求める人も増え、したがって業務が増えます。レポート先を一本化すれば、その弊害がなくなるだけでなく、電子メールではなく顔をあわせてのコミュニケーションがしやすくなり、結果として「そこまでやらなくてもいいですよね?」とか「どちらかひとつにしてくださいよ」といった「やり過ごし」が機能しやすくなります。 もうひとつ対策として考えられるのが、将来展望を描きやすくなるように人事制度を見直すことです。大企業では、ホワイトカラーは全員が幹部候補生として採用され(かつては「OL」という採用もありましたが、急速に派遣などの非正社員に置き換わりつつある)、社内(多くは同期)の競争で昇進していくというスタイルになっています。これは組織が拡大するなかでは効率的なしくみでしたが、組織拡大が停滞するなかでは、ポスト詰まりを招き、将来展望を失わせる大きな原因となってしまっています。 具体的には、幹部候補生コースと専門職コースの分離ということになるでしょう。幹部候補生には意識的に難しい仕事を与え、厳しいポストにもつけていくことでOJTの効果を引き出すいっぽう、専門職コースはリーズナブルな賃金と労働時間のなかでゆるやかに技能を蓄積していく。幹部候補生にはキャリアアップや能力向上のビジョンを示すことで厳しい仕事へのモチベーションとする一方で、専門職コースは仕事、会社以外の部分で自己実現する時間的余裕をふんだんに持てることで生活の質を向上させることができるわけです。もちろんこうした方法には弊害もあるでしょうし、改善の余地も大きいでしょうが、いずれにしても従来型の全員幹部候補生というしくみがうまくいかなくなっている以上、なんらかの変革は避けられそうもありません。 結局のところは、玄田氏が強調するように、「職場での評価は本当の自分の一部にすぎない」ということに一人ひとりが気づき、それぞれが多様な、自分らしい人生の生き方を見出していけるかどうかにかかっているのではないかと思います。それが可能となるような働き方のしくみを、ここに書いたことにとどまらず、いろいろと準備していくことが、組織を活性化していくのではないでしょうか。 |