デフレと失業(15.6.16)



 6月5日付の日本経済新聞朝刊「経済教室」に、新美一正日本総研主任研究員の「失業減へ緩やかインフレ」という興味深い論考が掲載されています。デフレが雇用にもたらす悪影響をわかりやすく示しています。
 内容を簡単にご紹介しておきますと、日本のフィリップス曲線(インフレ率と失業率のトレードオフ曲線)は、インフレ率が約1%を下回る領域にかなり明瞭な屈曲点があり、インフレ率がそれ以下の水準では傾きがほぼ水平になるという非線形な形状をしているといいます。したがって、この領域ではわずかのインフレ率の変動が失業率を大きく振幅してしまう危険性があり、政策当局は失業減のためにはゼロインフレではなく、ある程度ゼロから離れたインフレ率の実現を目指すべきであるという政策的な示唆が得られるそうです。そして、失業のもたらす大きな弊害を考えれば中央銀行が物価安定と引き換えに失業を無視することは正当化されないとして、下限を1〜2%台とするインフレ目標を設定し、上限より下限を重視することを提言しています。実務感覚からも非常に納得のいく論考であると思います。
 5月30日に発表された平成15年版国民生活白書も、デフレが雇用に与える悪影響を述べています。内閣府のホームページに掲載されている白書の要約版では、それが「製品の値段が下がっているために売上高が減少しているし、コストを下げようと思っても、債務額はそのままだし、働いている人を辞めさせたり、給与を引き下げたりするのも難しいからだ。売上の減少や収益の悪化により、人件費の重荷に耐え切れなくなった企業は、やむを得ず働いている人を解雇したり、給料を下げたりするようになっており、私たち、労働者の雇用や所得に悪影響を及ぼしている」と書かれています。
 これまた、大筋ではそのとおりでしょうが、実務実感としては、デフレで売上が減ってきて、人件費の負担が重くなると、まずは残業の減少や、賞与の減額、さらには退職者数を下回る水準に採用を抑制する(自然減)ことなどによって人件費を減らしていくでしょう。そして、残業がゼロになり、賞与もそれなりに減らし、新規採用もゼロに近くなって、これらの手段では人件費をさらに減らすのが難しいということになると、希望退職などのさらに進んだ雇用調整に踏み切るか、あるいは賃金の下方硬直性を打破して、社員の賃金をカットして雇用は維持しようという緊急対応型ワークシェアリングに踏み切るか、という判断に迫られることになるのではないでしょうか。
 デフレで物価が下がっているのだから、その分は収入(賃金)が減ってもいいではないか、というシンプルな意見も往々にして見られるようですが、実際問題として、言われるまでもなく残業減、賞与減などで収入は減っています。さらに、デフレといっても住宅ローンの残高は変わらないわけなので、残業ゼロレベルからさらに月例賃金を引き下げるというのは抵抗があるでしょう。
 こうして考えると、インフレ率1%(新美氏は消費者物価指数を使っているので、実勢より高めに出ている可能性が高い)というのが、ちょうど企業が残業や賞与などの調整に加えて、雇用の減少を拡大するところにあたるのでしょう。 逆にいえば、多少なりともインフレがあれば、例年の賃上げをインフレ(プラス生産性向上)を下回るレベルにとどめることで、実質賃金の水準調整が可能であり、その分、雇用を維持することも容易になるわけです(これは、これまでも日本企業が採用してきた手法でもあります)。新美氏も「マイルドインフレが実質賃金の調整を容易にする効果を通じて、供給サイドにおける構造調整の進展もむしろ促進されていた可能性が高い」と書いていますが、まったく同感です。
 以上のことから、「1〜2%台を下限とするインフレ目標の導入(をはじめ、政府と日銀の一体的協力によるデフレからの脱却)」という新美氏の政策提言は、たいへん説得力のあるものと私には感じられます。少なくとも「現状でも日銀は物価上昇率が継続的にプラスとなるまで金融緩和を続けるとしているので、事実上のインフレ目標政策を導入している」という理屈(によるインフレ目標の否定)では、インフレ目標の水準が不十分にはなっていない、ということはいえると思います(そもそも、達成時期を明示しない「目標」が目標といえるかは別として)。
 国民生活白書も、「金融面では、日本銀行においても、量的緩和などさまざまな努力を行ってきたところであるが、デフレの現状を踏まえ、さらに実効性ある対応を実施することが期待される。/国民生活を向上していくために、デフレの弊害を十分に理解し、国民の支持の下、政府・日銀が一体となってデフレ克服に取組むことが重要である。」と述べています。私は金融のことはわかりませんので、現実にはさまざまな問題があるのかもしれませんが、デフレの悪影響がこれだけ明確になっているのですから、できることには取り組んでみて悪いことはないと思います。

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