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厚生労働省の「今後の高齢者雇用対策に関する研究会」(座長・諏訪康雄法政大学教授)が、年金支給開始年齢の引き上げにあわせて、企業の定年年齢を段階的に引き上げる提言をまとめたそうです。厚生労働省のホームページにはまだ掲載されておらず、最終決定ではないようですが、先月下旬に複数の全国紙が報じていますので、そのような案がつくられていることは間違いないのでしょう。ちなみに、定年延長が難しい場合でも、希望者全員を再雇用する制度の整備をルール化するという「下限」が設定されているようです。 いうまでもなく、すでに基礎年金部分の支給開始年齢の引き上げが一昨年からはじまり、この部分についてはすでに「雇用と年金の(一部)空白」が発生しています。今後、2013年までかけてこれが65歳に引き上げられ、さらにその後は2025年までかけて報酬比例部分の支給開始年齢も65歳まで引き上げられていくことが決まっています。年金制度改革の議論の中では、年金支給額の引き下げも取り沙汰されているという背景もあり、雇用と年金の接続はたしかに重要な社会問題のひとつであろうと思われます。 これに関しては、すでにかなり以前から問題視はされており、たとえば平成9年6月には、労働省(当時)の「65歳現役社会研究会」が、「少なくとも65歳まで現役として働くことができる社会」を早急に実現するため、その検討のためのシナリオとして、「60歳定年を基盤とした継続雇用の推進」、「65歳定年制の実現」、「エージレス社会への移行」という三つの選択肢を提示しています。そして、「いずれのシナリオを基軸として検討していくかは、今後労使をはじめ国民的なレベルでの議論を待つしかない」としたうえで、「多くの課題はあるものの65歳定年制を最も重要な選択肢と位置づけ」、「労働政策全体が整合性のとれた形で展開されることが不可欠であり、年金政策との連携も欠かせない」などと、かなり具体的で踏み込んだ提言が行なわれており、現実にも、これら3つのシナリオを軸に政策論議は行なわれてきました。たとえば、2000年の春闘では、60歳台前半の雇用が共闘テーマとして取り上げられ、電機連合を中心に多くの労使で再雇用制度の拡充など大きな成果があげられましたし、その後も着実に雇用延長を実施する企業は増えています。こうした取り組みにより、平成9年時点で2割にとどまっていた「希望者全員を65歳まで雇用延長する企業」は、現時点では3割弱にまで増えてきているとのことです。 しかしながら、平成9年「65歳現役社会研究会」では、「少なくとも2005年以降2010年までには多くの企業で65歳定年制が定着していることを目標として検討を進めていく」との期待を表明していることと較べれば、現状の進度は必ずしもはかばかしいとはいえないことも事実であり、そこで今回の「今後の高齢者雇用対策に関する研究会」の報告が出てくることになったものと思われます。 それでは、今後どのような取り組みが必要になってくるのか、方法と時期の二つの側面から考えてみたいと思います。 「方法」については、平成9年「65歳現役社会研究会」が提示した3つのシナリオのいずれを採用するか、という問題になります。 まず、「エージレス社会」は、理想論としてはありうるのかも知れませんが、現実的な政策論としては論外というべきでしょう。平成9年「65歳現役社会研究会」報告も「定年制による雇用保障機能がなくなることになり、この選択肢が「65歳現役社会」の基本理念に合致したものかどうか、なお検討を要する」と指摘しているとおり、仮に現時点でエージレス社会のために必要な政策(解雇規制の大幅緩和をふくむ)をパッケージでいきなり導入した場合、団塊世代が大量失業の憂き目にあうことは目に見えています。長期的にみても、企業は定年制と雇用確保をセットにした長期雇用の持つ大きなメリットの放棄を迫られる危険性が高いものと考えなければならなくなるでしょう。 したがって、再雇用による雇用延長でいくのか、定年延長でいくのか、という選択ということになるわけですが、まず現状をみると、報道によれば、「日本経団連などは『法で一律に定年延長などを義務付けることには反対』と主張。労働組合は『高齢者の雇用確保が努力義務では実効性がない』(連合)と議論は平行線」ということのようです。 ここで注目すべきなのは、日本経団連が「法で一律に定年延長などを義務付けることには反対」としており、雇用延長、さらにいえば定年延長すら、そのものについては否定的でない、ということです。これはすなわち、経営サイドは雇用延長の意義は必要性については認識しており、方法論として、個別労使の交渉と相互の努力によって、可能なところから進めていけばよい、ということでしょう。これはむしろ、労使関係の本筋にそった、ごく普通の考え方であるといえるでしょう。 これに対して、連合の「努力義務では実効性がない」という発言は、労働組合本来の役割である団体交渉を通じた労働条件の改善という取り組みを放棄するに等しい暴言であり、その存在意義を問われかねないものです。平成10年に60歳定年が法制化されたときと較べて、現在の65歳定年の普及状況ははるかに遅れており、まだ法制化の段階でないと考えるのが常識的だと思います。 そう考えると、かつて60歳定年制が普及したときの取り組みが参考になるのではないでしょうか。その際には、まずは限定的な再雇用制度からスタートし、徐々にその対象を拡大して事実上希望者全員が再雇用されるようになり、そこから定年延長へと進むという手法が全体を牽引したと云えるでしょう。現状をみても、おおむね同様のステップが踏まれはじめていると見ることもでき、まずは再雇用制度の拡大から取り組んでいくことが現実的ではないかと思います。そして、将来的には65歳定年の普及拡大に漸進的に取り組み、これが実態として主流となった段階で法制化に取り組むというのがものの順番というものではないかと思います。 ただし、これに対する有力な反論として、「年金の支給開始年齢引き上げのスケジュールが現実に決まっている以上、労使の努力による取り組みを待つ時間はない」という主張がありうるでしょう。ここに「時期」という問題が出てくることになります。報道によれば、厚生労働省も「厚生年金の定額部分は支給額全体の四割程度を占めるため、同省は支給開始年齢の引き上げで高齢者の収入が急激に減るのを防ぐ必要があると判断」しているということですから、こうした考え方に立っているのでしょう。ちなみに連合などの労働組合も同様の見解のようです。 しかし、これについては3つの観点から大きな疑問があります。第一に考えられるのは、現下の経済情勢を考えると、義務化などの強引な手法による拙速な取り組みは、かえって雇用情勢全体を大幅に悪化させる危険性が高い、ということです。 平成9年「65歳現役社会研究会」報告をみると、「平成5年に企業を対象に実施したアンケート調査では、65歳定年制の導入について41.4%の企業が『可能と思う』と回答していることは注目に値すべき」という、まさに注目すべき記述が出てきます。平成5年というのは、まだまだバブル期の人手不足を引きずっている時期ですが、バブル絶頂期であればこの数字はさらに高いものになっていたでしょう。前述したように、経営サイドにも雇用延長などに対する認識はあるのであって、これが進まないのは、経済低迷の長期化という環境の悪さによる部分も大きいのではないでしょうか。 あらためて云うまでもなく、現下の雇用情勢はきわめて厳しく、雇用延長を推進する環境としては好ましいとはいえません。「若年層の厳しい雇用情勢を改善するために、中高年の首切りを進めるべきである」といった極論すら、大まじめで取り沙汰される現状なのです。ここで一律に雇用延長を義務づけられるようなことになると、ただでさえ冷え込んでいる企業の雇用意欲をさらに落ち込ませることになり、雇用失業情勢の一段の悪化は必至でしょう。そもそも、現状の雇用を維持することはともかく、それ以上の優遇を加えることは、現下の雇用失業情勢のなかで公正なことなのかどうかという疑問もあります。 第2の疑問点は、企業の人材戦略との関係です。当面、年金と雇用の問題は、要するに団塊世代対策ということでしょう。行政の論理からすれば、団塊世代に年金を支払えないから支給開始年齢を引き上げ、その間は企業で雇用せよ、ということでしょうが、経営サイドから見れば、団塊世代の退職金をいかに支払うかということが大問題であり、その解決のために退職金制度の改定に踏み切る企業が続出しています。逆にいえば、団塊世代が60歳で定年していくところを乗り切れば、現状の過剰雇用、高年齢・高資格化といった問題がかなり緩和されるわけで、企業にとってもここが正念場なのです。 そうなると、企業としては、団塊世代が定年するまでの間について、たとえば基礎年金の支給開始までその半額程度のつなぎ年金を支給することで、60歳定年を維持するという方策も考えられますし、個別労使レベルでは、これで合意ができるケースもあるのではないかと思います。基礎年金の支給開始年齢に合わせて雇用延長を義務化するという政策は、このような各企業の事情を踏まえた個別労使の努力の余地を奪うということであり、いささか硬直的すぎる感を否めません。 そして、第3に、根本的な疑問として、基礎年金の支給開始年齢と連動させる必要が本当に高いのか、という問題があります。 そもそも、いま支給開始年齢が引き上げられているのは基礎年金部分についてであり、報酬比例部分は60歳から支給が開始されています。前述のように、基礎年金は厚生年金の約4割ということですから、個別にはさまざまなケースが考えられるでしょうが、全体としてみれば年金の6割は60歳で支給されているわけです。現行の所得代替率が約6割ですから、報酬比例部分だけで現役時代の3分の1以上、4割近いものが確保されることになります(しかも、女性についてはさらに支給開始年齢引き上げは5年遅れになります)。定年制が適用される人については、それなりにまとまった額の退職金が支給されることが多いこともあわせて考えると、基礎年金の支給開始年齢引き上げが、定年延長を法的に強制する(しかも、経済環境の悪い中にあって)ほど高い緊急性があるとは思えません。 総合的に考えると、雇用延長、定年延長のタイムスケジュールは、基礎年金の支給開始年齢ではなく、報酬比例部分の支給開始年齢が65歳になる2025年をターゲットに考えるのが適当ではないでしょうか。 たしかに、基礎年金の支給開始が遅くなることで、個別には生活に困窮するケースも出てくるのだろうと思います。しかし、それは一律の定年延長といった方策ではなく、別途個別対応可能な枠組みで対処すべき問題ではないかと思います。 雇用延長、定年延長の問題については、いたずらに焦るのではなく、2025年を目指して、労使の自主的な努力を中心に着実に取り組んでいくのが、結局は最善の結果をもたらすのではないでしょうか。 |