人事・労務の外来語言い換え(15.8.7)



 国立国語研究所「外来語」委員会は、この4月に発表された「『外来語』言い換え提案」第1回62語に続いて、この5日には第2回52語の中間発表を行いました。今回もまた、人事・労務用語がいくつか含まれていますので、個別に見ていってみたいと思います。
 まずは「インセンティブ」で、人事・労務ではポピュラーな用語ですが、理解度25%未満にとどまっています。言い換え語は「意欲刺激」「意欲刺激剤」となっており、その他の言い換え語例として「奨励金」「動機付け」があげられています。どうも違和感がありますが、その理由はどうやら「インセンティブ」の意味説明が「ものごとに取り組む意欲を,報酬を期待させて外側から高める働き。またその報酬。」となっているせいでしょう。
 実際には、インセンティブということばは、やる気や意欲「そのもの」と、やる気や意欲を「高めるもの」の両方で使われているはずです。スペースアルクの「英辞郎」(おすすめです)を見ても、「Her incentive is huge. : 彼女のやる気はすごい。」という用例が出ていますし、日本語でも、「かなりのインセンティブで取り組んでるね」といった用法が見られるはずです。したがって、ここでは「意欲」「やる気」といった「そのものの」言い換え語がほしいところです。
 次は「エンパワーメント」で、男女雇用機会均等や男女共同参画社会の話の中で「ジェンダー・エンパワーメント」などと使われるのがよく目につきますが、これも理解度は25%未満となっています。この言い換え語は「能力開化」「能力強化」が提案されています。ちなみに能力開化は造語とのこと。
 しかし、これは明らかにおかしいように思われます。エンパワーメントというのはパワーを付与するということでしょうが、このパワーは「能力」より「権力」であることが多いはずです。ジェンダー・エンパワーメントも、女性の能力開発ではなく、現実に女性がどれだけ社会的影響力のある(決定権限のある)ポジション(管理職が議員など)についているか、という観点で評価されています。ここはどうしても「権限付与」などの言い換え語がないとおかしいと思います(言い換え提案の意味説明は「本来持っている能力を引き出し,力を与えること」となっているのですが、この「力」もおもに「権力」でしょう)。なお、「能力開化」という造語ですが、開化ということばにはなんとなく未開のものを啓蒙するというニュアンスがあってあまり好きになれません。まあ、これは好みの世界ですが。
 続いては「コラボレーション」で、これまた理解度は25%以下。言い換え語が「共同制作」、その他の言い換え事例が「共同事業」となっています。解説の中には「研究や作業などを行う場合は,『共同研究』『共同作業』でよい。」との記述もあります。
 まあ、そういうことだろうとは思うのですが、人事や労働の世界ではおそらくいちばん普通に使われる「協働」という訳語が出てこないのはなぜなのでしょう。collaborationは見た目co+laborなので、「協働」というのは非常にしっくりくる訳語ですし、特段専門用語というわけでもない(字を見ればすぐに意味も見当がつきますし)と思います。
 「タスク」が「課題」というのも違和感があります。その他の言い換え事例が「処理」というのは電算処理を念頭においているのでしょうが、それにしても人事や労働の世界で「タスク」といえば「職務・任務」のことでしょう。続く「タスクフォース」も、「特別作業班」という言い換え語があてられていて、意味としてはたしかにそうでしょうが、なぜ一般的に用いられている「作業部会」という訳語をあてないのかが不思議です。ちなみに両方とも理解度は25%以下となっています。
 障害者雇用でおなじみの「ノーマライゼーション」には、「外来語」委員会も苦戦したようで、「等生化」という造語と、「福祉環境作り」という意訳?をあてています。理解度も25%以下で、これはたしかに言い換えの難しいことばだろうと思います。
 まあ、造語というのはどうしても違和感があるもので、等生化というのはなかなかよく考えられているかもしれません。ただ、それでもなお字を見て容易に意味がわかる語にはなっておらず、であればそこまでして言い換えなければならないのかという疑問は残ります。「福祉環境作り」という言い換えはもっとわかりにくく、何の福祉のどのような環境を作るのかを説明しないと意味が通じないでしょう。素直に「ノーマライゼーション」と使い、必要に応じて説明を加えるのがわかりやすいように思うのですが。
 脱線しますが、「等生化」はまだしも、「ユビキタス」が「時空自在」というのはさすがに珍妙な感を禁じ得ません。特に、時空ということばは文学的にも使われますが、通常は物理学などで特定の意味で使うわけですから、ここで持ち出すのはおかしいように感じます。
 「モラルハザード」の言い換え語が「倫理崩壊」というのも、気持ちはわかりますがおかしな感じです。崩壊というのは崩れて壊れることでしょうが、Hazardは危険とか危険要因、あるいは障害になるもの、といった意味で、壊れるという意味はないからです。その他の言い換え語例に「倫理欠如」がありますが、こちらのほうがまさっているでしょう。
 異議申し立てばかりになってしまいましたが、「ポテンシャル」が「潜在能力」(これは定訳ですが)とか、「アイデンティティ」を、定訳の自己同一性を避けて「自己認識」としたりとか、「スクーリング」が「登校授業」とか、「マネジメント」が「管理」「管理者」とかいった言い換えについては、なかなかわかりやすく、よく考えられていると思います。「ミスマッチ」が「不釣り合い」というのも、「雇用の不釣り合い」というとかなり変な感じがしますが、これは案外感じだけかもしれません。
 いずれにしても、これは中間発表で、今後一般からの意見も参考にさらに見直しを行なうとのことですから、これからさらに改善されるかもしれません。 委員名簿を見ると、文学・語学系の学者や、作家、マスコミ関係者などで占められており、労働問題などに関係のありそうな人は見あたらないので、こちらの感覚からずれるのは致し方のないことなのでしょう。そういう意味でも、広く一般に意見を求めるというのは大切なことなのだろうと思います。

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