低水準での二極化(15.1.9)



 昨年末の日経新聞に、人材派遣料金の動向に関する記事が掲載されていました。それによると、「職種と能力の両面で二極化傾向が強まった」ということです。今回はこの記事をもとに、最近の人材派遣の状況について考えてみたいと思います。
 人材派遣料金は、基本的には市場原理で決まる部分が大きいと考えていいだろうと思います。そこで、まずは全般的な状況を(財)日本人材派遣協会の「平成14年第3四半期労働者派遣事業統計調査」の結果から確認してみます。
 人材派遣は、バブル期の人手不足のなかで、労働力調達の手段のひとつとして注目されはじめ、バブル崩壊後も非正規雇用の拡大のなかで拡大を続けてきました。特に、平成12年のなかばから平成13年のなかばまでは、平成11年の規制緩和(対象業務のネガティブリスト化)の追い風もあり、毎月、前年同月比30〜40%の増加が続きました。
 ところが、平成13年の後半ころから増勢が鈍りはじめ、昨年7月以降は、逆に前年同月比で減少基調となりました。現時点では、全体的には需給は一応落ち着いて、緩んでいるとみていいだろうと思います。
 こうした市場の状態は、価格にも反映しているようです。3か月後時間当たり派遣料金についての派遣業者の見通しのD.I.は、首都圏で33.3、中部で26.9、関西で28.3ととなっています。ちなみにこのD.I.の算出式は(増加回答数+横ばい回答数×0.5)÷全回答数×100というもので、数字をあてはめてみると、たとえば増加がゼロ、横ばいが3分の2、減少が3分の1の場合に33.3となりますから、現状の見通しはかなり弱気だといえそうです。
 職種別には、地域によって濃淡はあるものの、5号業務(情報機器の操作)の派遣者数が首都圏で前年同期比16.0%減、中部で同3.6%減、関西で同8.3%減と、減少が目立っているようです。5号業務は派遣の中でもシェアが高く、さらに実態としては一般事務的業務が相当程度入り込んでいますから、要するに一般事務の需要が減退しているということでしょう。
 さて、記事にもどりますと、記事は「主力の一般事務職では企業の値下げ要求に派遣会社間のシェア競争が重なり、料金の最低水準が下がった」と書いています。シェア競争については、いま確認した実情からみても厳しくなっているのだろうと思います。
 企業の値下げ要求というのはどうでしょうか。その背後には、派遣労働の活用に対する企業の姿勢の変化がありそうです。
 前述したとおり、バブル期には、企業は人手不足のなかでの要員確保の手段として派遣労働を利用しました。当然のことながら、料金もそれに見合った高いものだったと思われます。バブル崩壊後は、一転して正社員が過剰となったため、長期雇用の正社員に較べて雇い止めなどで雇用調整をしやすい派遣社員の活用が注目されました。すなわち、トータルの人件費の抑制は意識されていたものの、派遣社員自身の価格についてはそれほど「安さ」は求められていなかったように思います。企業も「雇用調整が容易」な分だけプレミアムがつくことを認めていたといえるのではないでしょうか。
 それが現在、「値下げ要求」が出るようになってきたのは、派遣社員の供給が増えて、企業が受け入れ可能なだけの派遣社員をおおむね確保できるようになったとともに、経済や企業業績の低迷が長引き、派遣社員もまた削減やコスト抑制の対象になってきたということがありそうです。これを直接裏付ける具体的なデータは見つけられませんでしたが、同じく非正規雇用の代表格であるパートタイマーについては、労働省(当時)の「平成13年度パートタイム労働者総合実態調査」の結果、「パート等労働者を雇用する理由」として、「人件費が割安だから」とする事業所が最も多く65.3%を占め、しかも前回(平成7年度)調査の38.3%から大きく増加しています。派遣社員にも同じ傾向がある可能性を示唆する結果といえるかもしれません。ちなみに、平成12年5月19日付読売新聞の記事で、釧路公立大教授の鎌田耕一氏が「企業側では『一時的に欠員を補充できる』という理由に加えて『正社員より人件費が安い』という理由が増えてきました」と述べていますが、その根拠は不明です。ちなみに、東京都立川労政事務所(当時)が平成13年に管内企業を対象に実施した調査結果を見ると、非正規雇用の雇用理由としては、「人件費が正社員より安い」は、パート、契約社員ではトップ、アルバイトでは2番めに多くなっていますが、派遣社員では「業務の繁閑に応じて労働力の調整がしやすい」36.6%、「事業の即戦力として期待できる」28.2%、「正社員の確保が困難」11.3%となっていて、「人件費が安い」はトップ3には入っていません。こうした状況をみると、派遣社員もコスト抑制の対象となり、値下げ要求もあるものの、賃金の安さは派遣社員活用の主な理由ではない、ということになりそうです。
 どうやら、一般事務職に典型的に見られるように、専門性が低い業務は料金が低下していて、その結果専門性の低い業務との格差が拡大しているようです。次は、専門性の高い業務の中での格差はどうなっているかです。
 日経新聞の記事を見ますと、たとえば専門職派遣の代表選手のシステムエンジニアでは、システムサポートが1時間あたりの派遣料金で2,500円〜3,000円なのに対して、プロジェクトマネジャーが5,000円以上と、たしかにかなりの格差になっています。金融関連事務は一般事務が2,000円〜2,200円、実務経験者で2,500円〜2,800円、ディーラー、アナリスト、(融資の)審査要員といったプロフェッショナルは3,500円以上です。
 さて、記事は「企業が高い料金を許容する代表例は金融とIT分野」と述べ、「特に金融は…派遣市場に少なく、深刻な人材不足…専門職は一時間三千五百円以上だ」「プロジェクトリーダーは五千円以上だが、優秀な人材は限られ、企業は派遣要員を確保しにくい」と書いてしめくくられています。見出しにも、大きな文字で「金融・IT分野 高止まり」と書いてあります。なるほど、一見するとそのように見えます。
 しかし、この実態が本当に「企業が高い料金を許容」しているのか、といわれると、実務家としては若干忸怩たるものを感じざるをえません。
 簡単に計算してみたいと思います。まず派遣料金ですが、仮に1時間あたり5,000円とします。金融ならかなり高度な専門職、ITならプロジェクトマネジャーです。
 5,000円の内訳ですが、一般的に派遣の賃金は料金の65%くらいといわれています。単価が高いので少し高めにして、賃金は7割の3,500円としましょう。あとは社会保険料の事業主負担分がその約14%で490円、残りの1,010円が派遣業者の管理費と利益ということで、まずまず妥当な仮定だと思います。専門職は長時間労働で、時間外労働が発生するでしょう。その場合の料金は、時間外割増25%と相当分の社会保険料を加えて、約5,900円になります。
 この条件で一日10時間、月20日働くとします。これで就労時間は通常料金が年間1,920時間、割増料金が480時間、計2,400時間となり、労働組合が怒りそうな長時間労働ですが、高度な専門職ですからこんなものでしょう。
 これで、企業が支払う代金は消費税込みで1,300万円くらいになります。派遣社員が受け取る賃金は年収約1,100万円となります(ただし、これは仕事があるときだけで、仕事のないときは失業給付になります)。
 この数字だけ見るとたしかに高いような気がしますが、わが国の企業がこれらの高度な専門家にどれほど払っているかを考えると、決して高い数字ではないのではないでしょうか。賃金、特にこのような専門職についてはなかなか明らかなデータがないのですが、「金融の高度な専門職」や「ITのプロジェクトマネージャ」が主任や係長ということはないでしょう。少なくとも課長以上、部長ということも多いのではないでしょうか。大企業なら、課長クラスで年収1,000万円は超えるでしょうし、部長クラスともなれば2,000万円近いことも珍しくないでしょう。となると、派遣の専門職の年収がさほど高いとはいえません。しかも、大企業の正社員となれば、法定外の福利厚生も手厚いでしょうし、退職金も多額にのぼります。さらに、なにより雇用の安定(まあ、最近はいささか怪しいようですが)という、派遣社員にはないメリットがありますから、全体で見ると、いかに専門職でも派遣社員の労働条件はまだまだ低いと考えるべきではないでしょうか。ということは、企業の側もとりたてて「高い料金を許容」しているとはいえないということになります。
 日経の記事は、金融の専門職の派遣社員がたいへんな高収入であるかのような印象を与える書き方をしていますが、かなりミスリーディングな記事ではないかと思います。今のところは、派遣料金が二極化しているとしても、派遣労働者の賃金という意味では低水準での二極化にとどまっているのが現状ではないでしょうか。「深刻な人材不足」というのも、本来ならリスクプレミアムを受けてもいい派遣社員に、同じ仕事をしている社員より安い賃金で来てほしいといっているわけですから、来ないのが当然、人材不足が当たり前ということなのではないでしょうか。逆にいえば、年収が3,000万円くらいになるのであれば、正社員をやめて派遣社員になる「金融の専門家」が出てくるでしょう。

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