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現在、育児休業制度の拡充に向けての検討が進んでいます。例によって労組サイドは一層の拡充を求め、経営サイドは拡充に反対という構図になっているようですが、仕事と子育ての両立支援の重要性はいうまでもなく、育児休業制度もさらに拡充し、普及させていくというのが基本的な方向性でしょう。 しかし、現状の議論をみていると、その進め方にはかなりの疑問を感じざるを得ません。経営サイドとしても、両立支援を通じた働き方の多様化が組織の活性化につながる可能性は理解しているはずであり、方向性は共有できると思われますので、問題は進め方にあるのではないでしょうか。 第一の疑問は、育休の長期化が労使双方にとって本当に望ましい方法なのか、ということです。厚生労働省は、「保育所が利用できないなどの特別な理由がある場合に限って休業期間を延長」という案を考えているそうですが、これはすなわち、「本当なら子どもを預けて働きたいが、保育所が満杯で預けられないから働けない」という人がいる、ということです。であれば、預けて働けるようにすることが本質的な解決策であり、保育所が空くまで休めるようにするというのは、そもそも本末転倒であり、よほどひいきめに言っても次善の策に過ぎないだろうと思います。とりわけ、ハイレベルな仕事に従事している人ほど、長期の休業によるキャリアの中断、スキルの陳腐化は好まないでしょう。経営サイドは代替要員の確保の困難さを反対の理由としているようですが、ハイレベルな仕事をしている人ほど代替者がいない、長く休まれると困ることは明白であり、この点においてはむしろ労使の利害は一致しています(逆にいえば、有期雇用は代替も比較的容易であり、もともと出入りも多いわけなので、使用者サイドがコストアップを理由に有期雇用への育休の拡大に反対するのは若干腑に落ちないものがあります。まあ、多少なりともコストアップになることは事実でしょうが・・・)。労使双方がスキルの陳腐化を抑制するための取り組みを求められることはもちろんとしても、本質的な解決はやはりなるべく休業期間を短くすることであり、それには「預ける」ことをより容易に可能にすることが望まれます。 もちろん、預けることもできるし休むこともできる、という選択ができることが理想ですから、休業を拡充することはそれはそれで大切だと思います。しかし、預けるほうについては「待機児童ゼロ作戦」をうたいながら一方で待機児童は増えつづけているという行政の努力不足にもみえる現実があるなかで、だったら休めるようにすればいいというのははなはだバランスを欠く考え方であり、一種の開き直りにすら思えます。 なお、いささか余談にわたりますが、たとえばこの4月の「企業行動計画研究会報告」の「企業行動計画の策定例」にもしっかり「事業所内託児施設等の整備」が盛り込まれているように、「預ける」ことについても、行政は企業に並々ならぬ?期待を寄せているようです。しかし、いかに企業内託児所に手厚い助成があるとはいっても、そのコストは多額にのぼります。企業行動計画は、基本的に次世代育成支援は企業の社会的責任であり、それを果たしていく計画という位置付けのはずです。そう考えると、そのために支出すべき金額にはおのずと上限があるはずで、託児所の設置は多くの場合その上限を超えるのではないでしょうか。 もちろん、看護師などにみられるように、ハイレベルで供給不足の一部職種については企業内(病院は企業とはいえないかもしれませんが)託児所も普及しており、さらに他の職種にも拡がっています。これは望ましい動きですが、しかしあくまで人材確保や動機づけ、活性化のための取り組みというのが原則であり、企業の社会的責任とは別物です。現実には、企業のメリットと社会的責任分とを足し算してコストを上回ればいいわけですが、それにしても企業に多くを期待するのは無理があるように思われます。 元に戻りますが、「育てる」ために「休む」ことと「預ける」ことをバランスよく支援していくことが大切なのであり、休みたくない、休まれたら困る人がもっと容易に「預ける」ことができるようにすることが、ひいては「休む」制度も拡充し、普及させていくことにつながるのではないでしょうか。そういう意味では、今回の休業期間延長に限らず、たとえば育児休業取得率の目標を掲げるといった施策なども、いささか「休む」ことに傾きすぎている感があります(もちろん、取得率を上げること自体はたいへん重要ではありますが)。 第2の疑問は、育児休業給付のあり方です。 これが導入された理由は、育休は無給とする企業が多く、「育休を取得できない理由」として「収入がなくなる・減少する」をあげる人が多かったため、これを一部補填して取得促進をはかろうというものでした。 導入当初の支給額は休業前賃金の25%でしたが、これは労使双方とも基本的に「退職、失業していたら得られたであろう失業給付に相当する水準」という考え方によるものでした(もっとも、その算出方法は労使で隔たりがあり、使用者サイドは20%、労働者サイドは30%を主張し、結局間をとる形での決着でしたが)。まあ、雇用保険の枠組みでやるのであれば、一応は妥当な考え方であるといえるでしょう(ただし、国庫負担の割合は失業給付の半分の八分の一にとどめられました)。 ところがその後、失業給付の水準は全体として引き下げられたにもかかわらず、育児休業給付については、さらに取得を促進するとのことで40%に引き上げられました。この時点で、育児休業取得者が失業者より優遇されることとなり、雇用保険の中で育児休業給付を行うことの正当性はかなり損なわれたと考えるべきだと思われます。 そして今回は、水準は下げずにさらに育休期間延長にともなって給付期間を延長しようとしているわけですから、これは明らかに筋が通らないと考えざるを得ません。もちろん、育児休業取得促進のため、という趣旨そのものは理解できますし、昨今の育休取得率の伸びや取得期間の長期化をみれば、一定の効果があったことも推測できます。しかし、制度という面から考えれば、ここまで失業給付との格差が広がった以上、雇用保険の枠組みの中で継続するのには無理があるのではないでしょうか。 そろそろ、育児休業取得者の支援という考え方から、育児をする人すべてに対する支援へと考え方を拡大し、育児休業給付(と児童手当)を発展的に解消して、新たに国民すべての負担による育児支援給付制度を構想すべき時期に来ているのではないかと思います。そうすれば、少なくとも雇用保険料負担を理由に使用者サイドが育休の拡充に反対する理由はなくなるはずでしょう。 仕事と子育ての両立が大切であるということについては、政労使それぞれに理解しているはずであり、一応合意していると言っていいのではないでしょうか。であれば、あとは進め方の問題でしょう。現在の進め方は、このような疑問点があり、やはり企業に多くを求めすぎているように思われ、使用者サイドが反発するのも無理からぬものがあるのではないでしょうか。重要な政策課題であるだけに、行政も多大な努力を払っているものとは思いますが、とりわけ「預ける」部分においては、行政により一層の取り組みが求められているのではないかと思います。 |