警察力強化で若年に職を(15.6.19)



 6月17日付読売新聞朝刊の1面で、埼玉県警の4警察署が、4年間で70件の少年事件を放置したことが報じられました。1997年から2000年に扱った少年事件のうち70件について必要な調査が行なわれず、すべて容疑者が成人したり、時効が成立したりして処理不能となっているそうです。報道によれば、担当官が独断で「送検できない」と判断したり、他の事件に忙殺されるうちに失念したりしたものだということです。
 たいへん残念な不祥事であり、再発防止に万全を期してほしいと思いますが、この問題は、責任を追及して綱紀を粛正すればいいという単純なものではないと思います。同日の読売新聞の社会面には、土本武司帝京大教授の「70件も起こるとは驚きだ。警察官は第一次捜査権を持っており、適切に捜査を尽くし、検察官に送致しなければならない。怠慢というほかない」というコメントが掲載されていますが、不祥事すなわち怠慢という考え方は短絡と感じられてなりません。
 むしろ、この問題の根本的な原因は、記事でも触れられているように、警察官の慢性的な人手不足にある可能性が高く、一方的に「怠慢」と決め付けて一段の精励を求めるだけでは無理があるように思われます。
 記事には詳細な内容は書かれていないので、どれほどの人手不足ぶりかは推測するしかないのですが、埼玉県の犯罪認知件数はこのところ年間16〜17万件程度で推移しているようです。これを単純計算すれば4年間で60〜70万件ということになります。いっぽう、埼玉県内には38の警察署がありますので、単純計算すれば4警察署で約7万件前後の事件が起きていることになります。
 問題はそのうちどれだけが少年犯罪か、ということですが、少年犯罪かどうかが犯人がつかまるまでわからないので、あまり確度の高い推測はできません。ただ、記事によれば検挙された刑法犯の半数近くは少年なのだそうなので、少年のほうが検挙されやすい可能性もあるとしても、慎重に見積もっても7万件のうち2万件くらいは少年犯罪とみてもいいのではないでしょうか。
 いっぽうで、少年犯罪担当の警察官は、このうちのある警察署ではわずかに4人、埼玉県内の大きな警察署でも7人程度にすぎないといいます。もちろん、大規模犯罪、凶悪犯、あるいは複雑な知能犯などには多くの捜査要員が必要でしょうし、少年犯罪には窃盗や占有離脱物横領(要するに万引きと置き引きということでしょうが)のような比較的単純な犯行が多いということも事実でしょうが、それにしても4警察で2万件の少年犯罪に対してスタッフがせいぜい20数人程度というのは、いかにも不足ではないでしょうか。こうした状況下で、放置された70件は全体2万件のわずか0.3%にすぎません。たしかに、関係者にとってはその1件がすべてであり、忙しいから放置していいというものではありませんが、いっぽうでこうした実態を無視して、放置が「怠慢である」と決め付けることもまた問題の解決にはつながらないでしょう。
 さらに、こうした慢性的な要員不足と過重負荷が、モラルの低下につながっている可能性も無視できないと思います。記事は「ある捜査幹部」の発言として、「捜査一課や二課で殺人や汚職事件を捜査した方が、同じ労力でも評価が全然違う。少年事件を細々と片づけても評価されることはない」との実態を紹介しています。もちろん、こうした評価の問題自体は、多かれ少なかれほとんどの組織に見られることであり、それはそれで別問題でしょうが、こうした不満は、人手不足の繁忙下においては特に強まりやすいことには注意が必要です。
 目立たない、地味な仕事にも十分な人員が配置されることが、その仕事が地味でも組織にとって必要であるということを示すことになり、モラルの維持につながるというのが実務感覚だと思います。ところが、現実にいまのわが国で起きていることは、警察に限らず、広く民間企業においても、経済低迷のなかで人員が減らされるうえ、こんなところでも「集中と選択」などと言い出す人もいて、地味な仕事がより大きく人員減の割りを喰っているという事態ではないでしょうか。これでは組織の活力が失われていくことも致し方のないことと思われてなりません。警察はもとより「地味な仕事こそ大事」という考え方が徹底している組織だと考えられてきたと思いますが、そんな警察ですらこうした実態にあるとすると、これはかなり深刻な事態と言わざるをえません。
 そもそも、今回の不祥事にかぎらず、犯罪の増加や検挙率の悪化が趨勢的に続いており、防犯や治安維持の観点から、警察力の不足と強化を求める意見は強いものがあります。今回の不祥事も、責任追及と警察叩きに終わるのではなく、本質的な解決につながるような取り組みをお願いしたいものです。
 労働市場に目を転じると、雇用失業情勢は依然として厳しく、とりわけ若年雇用問題は危機的な状況にあるという認識が広がりつつあります。こうしたなかで、警察官の採用も非常に狭き門で、インターネットで公開されている各自治体の昨年度の警察官採用試験結果を見ると、軒並み十倍から数十倍という高い倍率になっています。警察官は決してなり手のない仕事ではありませんし、また、おそらくは若者が一生をかけて取り組むに値するすばらしい仕事であろうと思います。
 そう考えれば、警察官の増員について、現実の問題としてもっと真剣に考える必要があるのではないでしょうか。もちろん、各自治体とも財政難が深刻なおりから、なかなか人員を増やすことは難しいかもしれません。しかし、治安維持と若年雇用(効果は限られるでしょうが)はいずれも住民にとっても身近な問題であり、その理解を得られやすい問題ではないかとも思います(もっとも、依然として警察力強化を脅威と感じる人たちもいるようですが)。治安の強化に明確な意思を示す自治体には、そこに住みたいとか、そこで企業活動をしたいとか考える人や企業も出てくるかもしれません。
 もちろん、各自治体もそれは承知でしょうし、それでもできないのにはそれなりの理由があるのでしょう。それにしても、少なくともこうした人員不足の実態に目をそむけて、責任追及やバッシングに走ることは、一層のモラルダウンと警察力の低下をまねき、それが一段の治安低下につながるという悪循環を加速しかねないということは、十分に注意する必要があるのではないかと思います。

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