よりよく働こう日本人(15.2.10)



 日経ビジネス1月27日号に「もっと働け日本人 新モーレツ主義のすすめ」という特集記事が掲載されています。働きたくても働けない人がたくさんいるご時世になんとも無神経なタイトルですが、内容はなかなか面白いものを含んでいます。
 最初に出てくるのが経営再建で有名な日本電産の永守重信社長の談話記事です。この人の話は数多く紹介されていますが、これもそれらと同様の内容で、要するに組織や従業員に高い目標を与え、服務規律や従業員の意識といった職場管理を刷新・強化することで経営を再建するというものです。これは古くは労組が強くて傾いた企業の建て直しなどにも通じるもので、まことにもっともな話といえましょう。
 そのあとは、いかにして従業員にやる気を出させ、悪い言葉でいえば過重労働、長時間労働、あるいは低賃金労働でも一生懸命働かせるか、ということがいくつかの事例で語られます。タカラの事例は永守氏の話とほとんど同じで、高い目標を与えて、トップも巨額の宣伝費を投入するなどして決意を示したことで士気が向上した、という話です。日経ビジネスは無視していますが、巨額の宣伝が働きやすい、売り込みやすい環境をつくったことも重要でしょう。その次のサラダコスモの話はよくわかりません。トップが夢を語れば従業員のやる気が出る、という種類のちょっとうさんくさい事例ですが、要は企業や事業に社会的な意義があることが意欲につながるということでしょうか。
 次は居酒屋などをチェーン展開するグローバルダイニングの事例で、独立志望の若者を店長として給料も賞与も売上高などの業績数値だけで決まるという擬似フランチャイズ的な形で働かせているそうです。いずれ自分の店を持ちたいと思っている人を、あたかも自分の店を経営しているかのような方法で働かせているわけですから、たしかに意欲を引き出すことはできるでしょう。ただ、これは誰にでも適用できる汎用的な手法ではないという決定的な限界があるうえに、将来の競合相手を育てているわけなので、長い目で見て賢明な作戦かどうかも疑問があります(まあ、他にも多数同業者がいるので、薄まってしまえば問題ないという考え方なのでしょうが)。
 前川製作所の事例はきわめて興味深いもので、プロジェクトごとにチームを組み替え、さらにリーダー・フォロワーの上下関係も組み替える(昨日の上司が今日は部下となり、今のプロジェクトで部下だった人が次のプロジェクトでは上司になる)ことで全体のモラルを維持するというものです。思わず幼稚園の「お当番」(失礼)を連想してしまいましたが、リーダーの必要数以上にリーダー適格者がいる場合(現在の日本の大企業では普通の状態)には、リーダーを固定するよりは交代で分け合うというのが賢明なのかもしれません。一種のワークシェアリングともいえるでしょう。この特集の中では、唯一広く参考になりそうな事例です。
 インデックスというIT関連の成長企業が次の事例です。この会社は成長中で人手不足で、どんどん高度な仕事を与えることができるため、従業員の士気が上がるのは当然です。そこで、好きなだけ長時間労働できるように、郊外に立地し、徒歩圏内に転居した人には家賃の半額を補助して職住近接を促したという部分が面白いわけですが、そもそも人手不足の成長分野という前提がなければどうにもならないわけで、面白いことは面白いが参考にはならない事例という感じです。最後はシャープの事例で、成長分野で人手が足りなかったため、他の商品分野から意欲と馬力のありそうな人を抜擢したところ、遮二無二働いて成功させた、という事例なのですが、成長分野で抜擢人事をやれば本人が頑張るのは当たり前のことです。
 いよいよ最後で、これらの事例からどんな結論を見出すかということですが、まず日経ビジネスは、高度成長期には「急成長に伴う慢性的な人手不足は、社員にハードワークを強いた。だがそれは、生活レベルの向上とポストの増加によって癒された」と述べています。まことにもっともな指摘といえましょう。業界・産業が右肩上がりで成長し、会社組織が拡大を続けていれば、つねに管理職不足、専門職不足、熟練工不足の状態にありますから、必要に迫られて抜擢も進みますし、能力を上回る仕事やポジションに恵まれるチャンスも多く、結果としてやりがいを持って働くことを通じてポストや仕事が人を育てるという好循環が働いたわけです。日経ビジネスはこれを完全に過去のものとして扱っていますが、現在であっても、成長産業で人手不足の企業にはこれと似たような状況があるわけで、インデックスの事例やシャープの事例はそうしたケースでしょう。新卒者の就職先として外資系企業が人気を博しているのも同様の意味で、外資系企業の人事管理がどうこうというよりは、進出して間もない外資系企業は人手不足であることが多く、結果として経験の浅い人にも比較的重要な仕事を任せざるを得なくなっているわけです。
 ですから、この特集の最後の部分で某企業経営者の「今必要なのは奴隷解放宣言であり、従業員を退職金で縛り付けて従順な下僕として使うことは何の意味もなさない」というような発言を紹介しているのも、それなりに当たっていないではありません。「奴隷」「下僕」という下品なことばには発言者の卑しい人格が現れていますし、こういう強烈なことばを引用するところに日経ビジネスの「長期雇用憎し」の怨念が現れていて笑えますが、大切なことは「退職金(など)で縛り付けない」ことであり、社員が現在在籍している企業でキャリアの行き詰まりを感じたときに、社外への転職によってキャリアアップすることで大きな損失を受けないようにしておくことです。もちろんこれは長期雇用となんら矛盾するものではありません(もっといえば、著しく長期勤続奨励的な退職金制度を持っていたとしても、それですなわち従業員が奴隷とか下僕とかになるわけでもありません。この某経営者氏は自分の会社の従業員を奴隷か下僕だと思っているのでしょうが、そういう経営者のもとでは働きたくないものです)。
 さて、記事は現在の日本について、成果主義がうまくいっていないということを述べ、ボランティア活動を引き合いに出して、これほどまで豊かになった日本で、人々をモチベートするのはカネ(の格差)ではないと主張しています。
 それではなにかというと、「私はできる、役に立っている、価値がある」という思いであり、「意欲のある若手(でなくても同じだと思うが)に大きな責任と権限を与える」ことであり、「常に高い目標に挑戦させ、その達成を祝福する」ことであり、「事業の社会的な価値を実感させ、誇りを持たせる」なのだといいます。なるほど、なるほど、これはまたまことにゴモットモなお話ですが、そんなことは実務家ならだれでも先刻承知のうえです。特集最後の文章で語られる結論は「よい仕事」というもので、大々的な特集のわりにはあまりにも陳腐な結論で涙が出ますが、問題は具体的にどうするかです。結局のところ成熟した組織、拡大しない組織ではポスト詰まりや仕事詰まりが起きることはなかなか避けられないわけで、その中で「よい仕事」を多くの人に配分していくためには、前述の前川製作所方式でいくか、さもなければ常に新規分野への進出を試み、社内に成長分野を持つようにすることが必要になるでしょう。シャープの事例もそういう事例として書いてほしかったと思います。
 さいごに、この特集でいちばん有益な部分は、85年ころから日本が働きすぎ批判に踊らされ、時短やフレックスタイムを導入したが、その結果競争力は低下した、という指摘でしょう。これはまことに適切な指摘で、たとえばエンジニアなどが長時間労働をする場合には、仕事が忙しいということもあるにしても、仕事が面白いから、楽しいから、好きだからといった理由で延々と働いているという部分も多分にあり、そういった「仕事好き・研究好き」からノーベル賞が出たりしているわけです。それを、日本人は働きすぎだ、などという外圧に躍らされて時短に走ったわけですから、働くほうもフラストレーションがたまりますし、技術力も落ちるに決まっています。類似の指摘は、永守氏の談話記事や、インデックス社の事例にも見られ、この特集の底流をなすもうひとつの主題となっています。
 たしかに、業務量が多すぎるとか、無理なノルマを課すとかいうことで長時間労働になるのは、健康面でも悪影響がありますので、決して好ましいことではありません。しかし、働きがいをもって「もっと働きたい」と思っている人(特に、身体的負担の軽い知的労働従事者)まで一律に働かせないようにしようという行政や労働運動のあり方は、早急に見直す必要があると考えます。そうした人たちにしっかり働いてもらうことが、結局は業務量が多すぎる人や無理なノルマを課される人を減らすことに通じていくのではないでしょうか。

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