キャリアデザイン「学」への期待(16.5.13)



 2003年4月、法政大学に「キャリアデザイン学部」が開学しました。1期生の入試には3,820人が殺到、合格は333人でしたから競争倍率は実に11.5倍にのぼりました。同じタイミングで新設された私学の学部は26ありますが、そのうち倍率が10倍を超えたのは人気の薬学部2学部とびわこ成蹊スポーツ大学スポーツ学部を加えた4学部のみ(資料:河合塾ホームページ)ですから、「キャリアデザイン学部」がいかに時代の要請にこたえたかがわかります。これを受けて2004年入試で代々木ゼミナールがつけた偏差値は55で、法政の他学部と遜色ありませんから、やはり新設学部としては大健闘といえましょう。ちなみに受験料は私学経営のきわめて重要な収入源といわれていますから、この学部新設は大学経営の面でもおおいに貢献したわけで、これをみて他大学がいくつか追随の動きをみせているのもむべなるかなです。
 しかし、企業で人事・労務を担当する実務家の立場からすれば、この「キャリアデザイン学部」という名称にはどことなく違和感があるのではないでしょうか。端的に考えて、実務家各位が採用面接にのぞんだときに、「キャリアデザイン学部」の学生を積極的に採用するでしょうか?もちろん、これはひとえに各社のポリシーによるわけですが、ごく大雑把に考えれば、「キャリアデザイン学部」の学生は転職しやすいのではないかとか、担当業務にこだわりが強くて柔軟性を欠くのではないかとかいった心配が先に立ちそうです。これに限らず、実務家からみると「キャリアデザイン」なるものは大切なもののように思える一方で、ぬぐいがたい「うさんくささ」を感じさせるものでもないかと思います。
 これはなぜか?を考えてみると、思い当たるフシがいくつかありそうです。そのなかでも最大の理由は、「キャリアデザイン」ということばが「転職」を不可分のものとして連想させるからではないでしょうか。キャリアデザインという概念はおもに米国において発達をみており、したがってその体系化も米国流の転職がかなり活発な労働市場を前提としています。それゆえ、そこに転職なくしてキャリアデザインなし、という発想が強いとすれば、たしかに私たち企業の実務家にはあまり関係のない話ということになりましょう。
 とはいえ、一方で「キャリア」ということば自体はわが国でも多くの実務家にとって身近なものであるはずです。実際、実務の場面で個別人事の担当者や、あるいは職場の上司などが「彼のキャリアは・・・」などと口にすることは多いでしょう。
 それはほとんどの場合、「社内キャリア」を意味するのではないでしょうか。長期雇用のもとで、OJT中心の内部育成による効率的な人材育成を重視してきた日本企業にとっては、社員一人ひとりの能力開発や動機付けという観点から社内キャリアの形成は非常に重要です。したがって、多くの企業がより効果的かつ自律的な社内キャリア形成のために自己申告制度や公募制度、企業内FA制度などのしくみを導入しています。
 つまり、労働慣行には国によって相当の違いがある以上、それぞれの国の実情に応じた「キャリアデザイン」の考え方があってしかるべきだ、ということにはならないでしょうか。それにもかかわらず、日本に米国流の概念をそのまま持ち込んだのでは、違和感があるのは当然といえましょう。
 もうひとつの問題点は、こうした日本の労働市場に合致した概念ができあがらないままに、コマーシャルベースでことばだけが先走ってしまっているところにありそうです。このところの不況や、それにともなうリストラの進展のなかで、転職を余儀なくされる人はたしかに増加しており、しかも好条件での再就職がきわめて困難な状況にあっては、米国直輸入でなにやらありがたげな感じのする「キャリアデザイン」ということばを商売道具にして一儲けしようという「人材ビジネス」業者が増殖する条件はそろっています。さらに、そのような風潮を象徴するかのように、「キャリア・コンサルタント」とか「キャリア・アドバイザー」とかいった「資格」(?)を認定、授与する組織、団体もかなりの数出現しています。もちろん、これらの人材ビジネス業者や団体などは、多くの場合誠実で良心的な活動を行っているでしょう(そうでなければ長続きはしないはずですし)。しかし、なかには失業者の厳しい状況につけこむかのような業者などもみられるといわれます。こうしたものの存在が、どことなく「キャリアデザイン」ということばに怪しげな印象を与えているのではないでしょうか。
 しかし、現実には、「キャリアデザイン」は職業生活だけではなく、学校から職業への接続(これは教育の分野に入ります)や、さまざまな段階で介在する可能性のある職業訓練やリカレント教育、さらには引退過程や引退後まで含めた生涯学習・生涯教育、ひいては生き方全般にかかわる概念です。それはすなわち、個人にとっては一度しかない人生をいかに生きるか、という大問題に直結するものです。それほどに大切なものに対して、現状のわが国がこうした貧困な理解にとどまっていることは、大きな損失かもしれません。
 そう考えれば、キャリアデザインというすぐれて学際的な分野について、単なる外国からの輸入や商業主義ではない、体系的な研究と理解を進めていくことは、まさに時代の要請といえるのではないでしょうか。キャリアデザインそのものとともに、「キャリアデザイン『学』」が求められているのです。これは社会科学と人文科学が融合した立派な学問分野なのであり、その考え方や理論、知識は企業人としてもおおいに有用なものとなることが期待できるのではないかと思います(つまり、その卒業生も採用に値する可能性があるのではないか、ということでもあります)。。
 いっぽうで、キャリアデザイン学にきわめて重要な位置を占めると思われる社内キャリア形成・開発に関しては、これはまさしく私たち企業の実務家がその主要な担い手のひとりとなるものです。したがって、キャリアデザイン学に対して実務家が貢献できる可能性は大きく拡がっているのではないでしょうか。
 このように、キャリアデザイン学は実務家にとって、ひいては産業界にとっても、大きな期待と関心を寄せるとともに、積極的に関与していくべき対象ではないかと思います。
 まだ広く知られているところではありませんが、いま、こうした時代の要請を受けて、「日本キャリアデザイン学会」の設立準備が進められており、本年9月の設立をめざして、この5月22日には設立準備大会が予定されています。私自身もその趣旨には大いに賛同するものであり、多くの人たちの参加が得られることを期待したいと思っています。

 ※日本キャリアデザイン学会の情報は、下のホームページでご覧になれます。
  http://www.cdi-j.jp/


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