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これまた多分に旧聞に属する事項ですが、さる6月23日、厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」の報告書が発表され、「パートタイマーの所定外労働には、法定内であっても割増賃金支払を義務づけ」「所定内労働時間が短い人ほど割増率を高く設定」といった大胆な内容で世間を驚かせました。 たしかに、仕事と生活の調和、ワーク・ライフ・バランスはこれからの人事管理にとって重要な考え方になることは間違いないものと思われます。今後、働き方や生活についての考え方が多様化するなかで、さまざまなワークスタイル、ライフスタイルの選択を可能としていくことは、企業にとっても人材の確保や生産性の向上、創造的成果の獲得といった面で必要不可欠となると思われるからです。そういう意味では、今回の報告書はまことに時宜を得たものとはいえましょう。 しかし、内容を見ると明らかに検討不足、消化不良が目立つ感は否めません。報告書の記述は割増賃金のほかにも多岐にわたっていますが、今回はその中でもとくに耳目を集めた「パートタイマーの割増賃金」の提案をご紹介し、その妥当性を考えていきたいと思います。 さて、報告書は、仕事と生活の調和をはかるためには、「いわゆる拘束度の高い正社員か拘束度の限定的な非正社員かといった二者択一をいたずらに迫られる」現状をあらため、労働時間・場所・内容の多様な働き方を選択し、変更できる法制度、環境を整備する必要があるとしています。そのうえで、フルタイム・パートタイムを問わず、より多くの時間を生活に配分できるようにするため、改めて労働時間の短縮に重点的に取り組む必要があるとしています。 具体的には、まずは近年所定外労働の増加により総労働時間短縮が進まないのが現状であると述べ、所定外労働の抑制を主張しています。従来から言われている「時間外労働は雇用の調整弁」という考え方に対しては、失業率の高止まりと不払残業が並存する実態では、所定外による雇用調整回避は機能しておらず、労使の自主的取り組みによる所定外削減では不十分であると断じます。 そこで具体的な対策として、法定労働時間内であっても所定時間を超えれば割増賃金の支払いを義務化し、厳正な労働時間管理を促し、安易な時間外労働を抑制すべきであるとしています。また、これにより、実態として多くの一般労働者は所定労働時間を超えれば法定内でも割増賃金が支払われているのに対し、パートタイマーには支払われないという現状も改善されるとしています。さらに、この場合、「あらかじめ仕事による拘束を短時間しか受けないことを前提とした生活設計を持っている可能性が高いことから」、所定労働時間の短い者ほど割増率を高くすることを考えるべきと主張しています。 きわめて大胆な提案ですが、いかにも乱暴かつ近視眼的で、消化不良の感があります。 そもそも、実務実感としては、多様な働き方の実現を妨げている最大の要因が現行の労働法制(とくに労働時間や労働契約)の硬直性であることは論を待ちません。にもかかわらず、今回の提案はそれをさらに硬直化させようというものですから、基本的な方向性が逆であると言わざるを得ません。おそらくは非正規雇用比率の上昇が正社員との格差拡大をともなう形で進んでいることへの問題意識が(明示されてはいないものの)あるのでしょう。しかし、ここで詳しくは論じませんが、そこには依然として「非正規雇用は不安定・低賃金雇用であり悪である」という近視眼的な発想が潜んでいるように思われます。それでは、働き方の多様化はなかなか進まないものと思います。 また、所定外が雇用調整回避の機能を果たしていないというのも、いささか結論に短絡しているように思われます。まあ、「失業率の高止まりと不払残業が並存する実態」をみて、行政が企業にいらだちを覚える気持ちはわかるように思います。とはいえ、これは長期にわたる経済の低迷や業績不振と、デフレによる実質賃金の上昇が並存するという、過去にあまり例のない悪環境下での異常事態と考えるべきではないでしょうか。過剰雇用にさんざん苦しめられ、雇用維持に並々ならぬ努力を費やした企業としてみれば、それを脱していっとき仕事が忙しくなったとしても、先行きに不透明感が残るなかでは、新規採用してふたたび過剰雇用を抱えるリスクをおかすより残業の増加で対応しようと考えるのが自然ではないかと思います。したがって、経済や業績が安定的に平常状態を取り戻せば、おそらくは所定外による雇用調整回避機能はふたたび発揮されると思われます。少なくとも、安定的な平常状態においてもそれが機能していないということを確認しないかぎり、軽々に「機能を失いつつある」などというべきではないでしょう。 さて、割増賃金支払の義務化についてですが、日当たり所定労働時間は労働基準法の定める1日8時間の最低基準を下回らないかぎり、当事者が契約で自由に決められるものでしょう。それに対して、超えた分には割増賃金の支払を最低基準として法的に義務付けるというのは、非常に違和感があります。しかも、これは明らかに日当たり所定の短い人を優遇することになりますし、所定の短い人ほど割増率を高くするというのであればなおさらです。これは普通に考えれば差別ではないかと思いますが、それを合理化するだけの理由はあるのでしょうか。 報告書はまず、割増賃金の支払を義務化する理由として「割増賃金の支払いを義務化し、厳正な労働時間管理を促し、安易な時間外労働を抑制」すること、「実態として多くの一般労働者は所定労働時間を超えれば法定内でも割増賃金が支払われているのに対し、パートタイマーには支払われないという現状を改善」することをあげています。しかし、これらはいずれも十分な理由とは思えません。 まず、現状でもすでに、所定4時間のところ6時間働けば6時間分の賃金を、所定7時間のところ8時間働けば8時間の賃金を支払っているわけで、当然ながら労働時間管理も行なわれています。そこに25%(プラスアルファ)の割増を義務付けたところで、それは100が125になるだけであって、ゼロが125になるわけではありません。しかも、報告書の記載によれば、残業を行なっているパートタイマーは全体の約23%、残業時間は月9時間弱です。それに加えて、パートタイマーの賃金水準はもともとあまり高くはないことを考慮に入れると、企業にとっては実はそれほど大きなコスト増にはならないのではないでしょうか。もちろん、少しであってもコスト増ですから、無意味なそれには企業は当然反対します。しかし、これで労働時間管理が大幅に厳正になったり、「安易な」残業が大きく減ったりするとは考えにくいように思われます。 また、「実態として多くの一般労働者は所定労働時間を超えれば法定内でも割増賃金が支払われている」といいますが、厚生労働省「平成15年就労条件総合調査」によれば、労働者1人平均の1日の所定労働時間(企業において最も多くの労働者に適用される所定労働時間を平均したもの)は7時間42分となっています。つまり、1日の所定労働時間が法定上限と同じ8時間という一般労働者が相当おり、8時間を下回る人についてもそれほど大きくは下回っていないと考えられるでしょう(だからこそ、行政は「短時間正社員」なるものの導入にご熱心なのではないでしょうか)。であれば、わざわざ別計算をすることの管理上の手間を考えれば、法定の内外を問わず所定外に割増賃金を支払うのは合理的な考え方であり、なにもパートタイマーに較べて不当に優遇されているかのような言い方をする必要はないでしょう(さらにいえば、その分は当然賃金水準全体で調整されているはずです)。 いっぽうで、こうした規制強化は明らかに契約期間を短くする方向に働くことは容易に推測できます。極端な例ですが、たとえば日々雇用で今日は4時間、翌日は忙しいから6時間、といった運用をすれば割増賃金の支払を要しないということになりかねません。これは極論としても、少なくとも契約期間はなるべく短くして、業務負荷の動向をみながら再契約の都度所定労働時間を調整しようと考える企業は少なくないでしょう。 こう考えると、いかにも不自然で差別的な規制を新たに設けるほどの合理的な理由があるとは私にはとても思えません。 ところが、報告書はさらに、所定労働時間が短い人ほど「あらかじめ仕事による拘束を短時間しか受けないことを前提とした生活設計を持っている可能性が高いことから」、所定労働時間の短い者ほど割増率を高くすることを考えるべきと主張しています。 たしかに、それはそれとして現実だろうと思います。しかし、そのいっぽうでもっと長時間働きたい、フルタイムで働きたいと考えながら経済環境や労働市場の影響で短時間労働に甘んじている人も多々いることは、厚生労働省も指摘しているところです。まあ、そういう人にとっても受け取り賃金額が増えるのだからいいはずだ、という理屈もあるでしょうが、こういう人は「もっと仕事をする」形で「仕事と生活の調和」をはかろうとしているわけですから、さすがに筋が違うのではないかと思います。また、1日の所定が8時間であっても、残業をしないことを前提に生活設計をしている人もいるでしょうし、所定が長い人ほど自由時間は少なく、したがって時間が貴重であるという考え方もできるはずです。働く人の意識や生活は多様であり、報告書の理屈が合理性な理由になっているとは私には思えません。 結局のところ、多様な働き方と掛け声をかけながら、かたわらで画一的な規制強化をしようというところに矛盾があるのでしょう。そもそも、仕事と生活の調和をはかるためには、労働時間が単に短いということではなく、柔軟さや自由度が高いことが望ましいはずです。仕事はそこそこに生活を大切にしたい人もいれば、大いに仕事をしたい人もいるわけで、「仕事と生活の調和」というからには、生活のための時間が増えたら仕事のための時間が足りなくなってしまった、ということでは困るのです。大切なのは、大いに働きたいときにはそのための仕事時間が、生活をエンジョイしたいときにはそのための生活時間が確保されるというメリハリであり、労働時間が短くなりさえすればそれでいい、というものでないはずです。 そういう観点からは、現状の労働法制はまだまだ硬直的すぎるというのが大方の実務実感でしょう。今回の内容は、それをさらに硬直的にしようというのですから筋の悪い話で、かえって仕事と生活の調和を妨げかねません。本当に仕事と生活の両立をはかりたいのであれば、こと労働法制という面においては、働きすぎの防止などの観点で必要最小限の簡素な規制を残しつつ、労働時間の柔軟性や自由度を大幅に高めることのできる規制緩和こそがむしろ必要なのではないかと思います。 |