コミック作家のキャリアパス(16.6.3)



 最近キャリアデザインづいている私ですが、「コミック作家のキャリアパスに関するアンケート調査結果」という資料を発見しました。要するにどうやって漫画家になったか、ということだと思うのですが、なんとこの調査、「経済産業省商務情報政策局文化情報関連産業課」と「東京大学工学部総合研究機構俯瞰工学部門」が共同で実施したという、まことにお堅い代物です(「総合研究機構俯瞰工学」がなんのことなのかわからんぞ、という方(私もこれで初めて見ました)はこちらをごらんください)。その趣旨は「コミックは、その経済的波及効果も非常に高く、マンガ→TVアニメ化→映画化→キャラクター商品、と多様に戦略的活用される元となることも多く、我が国コンテンツ産業全体を下支えする重要なコンテンツ分野である」ので、「優れたコンテンツを創り出す我が国コミック作家の成長要因を解明することを目的として」実施されたもの、ということです。ちなみに実施期間は2003年11月から2004年1月で、コミック作家230人から回答が寄せられ、結果は2004年3月に発表されています。
 コミック作家のキャリアパス、といっても今ひとつイメージがわきにくいのですが、まずキャリアの内容として、「コミック作家はどういった経験をしてプロとなったのか」については、「編集部への持ち込み」を経験したコミック作家が73.0%で最多、次に「漫画コンテスト」65.7%、「プロ漫画家のアシスタント経験」50.0%、「同人誌販売経験」45.2%、「美術系学校」44.3%という結果が出ています。当然、複数の経験を持つ人も多いことになります。
 次に、キャリアの時間軸として、これらを何歳ころに経験したかをみると、「プロ漫画家のアシスタント」を除いて19-21歳にピークがあり、漫画コンテストは10代における経験率が高いいっぽう、同人誌販売経験は22歳以降も経験する人が多くなっています。「美術系学校」は19-21歳にはっきりしたピークがあり、25歳以降では他に較べて明らかに低くなっています。「プロ漫画家のアシスタント」は唯一22-24歳にピークがきています。たしかに、中学生・高校生では漫画家のアシスタントといっても難しく、可能な経験は漫画コンテストにほぼ限られるでしょう。その後、高校卒業後に直接、あるいは美術系学校を経て漫画家のアシスタントとなったり、編集部への持ち込みや同人誌の販売などを経験するというのが、コミック作家のキャリアパスのイメージということになりそうです。
 そうしたキャリアのなかで、「コミック作家は、どういった経験により漫画が上達したと感じているのか」をみてみると、「独学」が72.6%と圧倒的に高くなっています。その次がぐっと下がって「プロ漫画家のアシスタント経験」が39.6%、「編集者のアドバイス」が36.1%、「サークル活動」が20.9%となっています。多くの人が経験している「漫画コンテスト」や「美術系学校」は10%台前半にとどまっており、これを見るかぎり技能の向上にはあまり役にたっていないという結果が出ています(「同人誌販売経験」という選択肢はありませんが、「サークル活動」と概ね重なり合うと考えていいのでしょうか)。この結果をどうみるべきなのかは漫画界にうとい私にはなんともわからないのですが、「プロ漫画家のアシスタントは使い走りばかり」だとか、「美術系学校は役に立たない」ということではなく、これらの経験をそれなりに生かしたにしても、大部分は独力で腕を磨いた、というコミック作家の自負の現れとみるべきなのでしょう。
 さて、この資料にはさらに年代別と売上別の分析が掲載されています。そのなかから興味深いものを拾ってみましょう。
 年代別は12年刻みで、調査年に30歳以下、31-42歳、43-54歳、55歳以上の4グループに分けられていますが、「経験」と「上達要因」ともに、若手作家は「美術系学校」が高くなっているかたわら、「プロ漫画家のアシスタント」は31-42、43-54歳に較べて30歳未満が明らかに低い傾向があり、キャリア形成が徒弟的な修行から学校への勉強へと「近代化」している様子がうかがえます。いっぽうで、「編集部への持ち込み」は今も昔も有効、という結果が出ています。同人誌販売経験は1961年-1972年生まれの作家が突出して多くなっておりこれはこの資料でも指摘されているとおり「1975年が「コミックマーケット」誕生の年」であり、「サークル活動等を通して横の繋がりを求める時代背景が関係している」ということなのでしょう。
 売上別は、自作のみが掲載されたコミック本(いわゆる「コミックス」というものでしょうか)の売上冊数が「10万部未満」「10万部以上100万部未満」「100万部以上」という区分になっています。これだと当然経験年数の長い人が売上が多い区分に入ってきやすいというバイアスが発生しそうですが、一応、「無名に近い」(10万部も売っていればそれなりに有名でしょうが)「中堅」「有名」といった区分になるのでしょうか。
 やはり、「経験」と「上達要因」をみてみると、かなり大雑把ではありますが、「無名に近い」ほど「美術系学校」や「同人誌」が高い傾向があるのに対し、「有名」ほど「プロ漫画家のアシスタント」や「編集者のアドバイス」が高いという傾向がみてとれます。年代によるバイアスが入っていると考えるべきでしょうが、それにしても理論より実践、同人よりプロが成功につながるという結果は興味深いものがあります。
 また、「有名」は「無名に近い」と比較して、早い段階(10代)で漫画コンテストを経験した比率が明らかに高くなっています。これは、この分野においては少年期から経験を積むことが有効であるということを示しているのでしょうか、あるいは有名になるだけの素質の持ち主は早い段階から頭角を現していた、という、ある意味みもふたもない現実を表しているのでしょうか。その両方なのかもしれませんが。
 発表資料ではさらに、漫画のジャンル別の分析も試みられていますが、さすがにこれは漫画に詳しくない私にはよく理解できません。ご関心のあるむきは発表資料をごらんください。
 さて、こうしてみると、コミック作家というかなり特殊な職業人の世界においても、「若い世代ほど専門教育を受けている人が多いいっぽうで、成功につながるのは理論的な学習より実践的な経験であり、同レベルの仲間との交流より、先輩や上司によるOJTや助言である」というように、キャリアという点ではサラリーマンと共通する部分がかなりあるように思われます。失業対策としての職業訓練の限界を示す傍証でもあるでしょう。
 そのいっぽうで、「上達要因」で圧倒的に多くの人が「独学」をあげたのは、さすがに専門能力を生かして自営しようというプロならではの意識の高さと素直に受け取るべきでしょう。この点については、われわれサラリーマンは大いに見習ってもよいのではないかと思います。

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