東京ドームの夏(16.9.9)



 「甲子園の夏」といえば高校野球ですが、「東京ドームの夏」といえば社会人野球、都市対抗野球です。今年も8月27日から9月6日にかけて行なわれ、春日井市(王子製紙)の優勝で幕を閉じました。私は社会人野球のファンで、今年は倉敷市(倉敷オーシャンズ)対仙台市(JT)、仙台市(JT)対川崎市(東芝)、調布市(シダックス)対春日井市(王子製紙)の3試合を観戦しました(このほかに、今年は勤務先のチームも出場したので、それを含めれば5試合になります)。今回はこれを材料に、企業スポーツと労務管理について考えてみたいと思います。
 社会人野球が、わが国のスポーツ振興に大きな役割を果たしてきたことは言うまでもありません。社会人野球の試合をみてすぐに気付くのが小柄な選手が多いことで、たとえば今回優勝した王子製紙の場合は、補強選手(都市対抗野球は企業対抗ではないので、本大会では地区予選で敗退した同地域のチームから選手を補強できることになっています)を除く野手17人のうち身長180cmを超えているのは3人(しかも180、181、181というつつましさ)しかいません。その一方で160cm台の選手が5人もいて、一般人の平均と較べても低いくらいではないかと思います(その王子製紙が、野村克也監督のもとキューバ人選手をはじめ有力選手を揃えた優勝候補筆頭のシダックスを破ったのは感動的でした)。おそらくは、優れた素質を持ちながら、体格不足でプロ野球に届かなかった選手たちが活躍しているのでしょう。このように、プロ野球以外にも立派な活躍の場があるということが、高校野球や大学野球の振興に寄与したことは間違いありません。これはすなわち、スポーツ振興にとどまらず、学校教育、人材育成にも貢献しているわけで、立派な社会貢献といえましょう。
 もっとも、ノンプロとはいえ野球チームにはかなりのコストがかかることも事実で、とりわけ昨今のような厳しい経営環境のなかでは、単なる社会貢献ということでは企業としても維持していくことが難しくなっているようで、バブル崩壊以降、多くの名門チームが解散・廃部したり、企業の支援をはなれてクラブチーム化したりしました。さきほど名前が出たチームのなかでも、JTは今シーズンかぎりの解散が決まっていますし、倉敷オーシャンズは企業の支援が打ち切られたクラブチームです。
 野球部の解散に関するJT広報部のニュースリリースをみると、「社会の皆様からの理解・共感をいただくことを目指して、弊社の企業広報活動の一翼を担ってきました。」「経営環境が変化する中で弊社の広報活動についても見直しを行った結果、JT野球部を解散することとしました。」「今後とも、さまざまな社会貢献活動等を通じ、社会の皆様の弊社に対する理解、共感をいただけるよう努めていきたいと考えています。」と書かれています。まさに、経営上は「社会貢献」「企業広報」のためのもの、と位置づけられていたということがよくわかります。
 しかし、本当に企業スポーツの役割はそれだけなのでしょうか。企業スポーツは労務管理の側面、すなわち企業の一体感の醸成や、従業員の意欲や士気、ロイヤリティの向上にも一役買っているのではないか、という気がしてなりません。日産自動車のゴーン社長が再建に乗り込んできた直後、都市対抗野球を観戦して野球部の存続を決めたという話もあります。実際、ゴーン氏は新聞のインタビュー(2001年7月10日付毎日新聞朝刊)に答えて、「日産自動車の社員が観客と一体となって応援する姿は、企業経営者としてとても素晴らしい光景と思いました。」「スポーツは日産自動車のブランド・アイデンティティーであり、社員の帰属意識を向上させる」などと発言しているのです。これはまさに、企業スポーツの「労務管理」における役割を高く評価したものです。
 社会人野球はテレビ中継などの機会も少なく、ほとんど知られていませんが、その応援は実際すばらしいものです。今年私が見た中では、解散が決まってこれが最後の都市対抗になるJTの応援がとりわけみごとでした。最後の夏を意識してか、2回戦の対倉敷オーシャンズ戦では一目数千人(5千人くらい?)、土曜日に行なわれた準々決勝の東芝戦では一目その2倍程度の大応援団で、しかもほとんど全員が立ち上がり、声を上げて、迫力ある応援を繰り広げました。応援部員も元気よく、整然と応援をリードしていました。(考えてみれば、彼らにとっても、来年からはこの晴れ舞台が失われてしまうことになるわけで、こうした職場活性化に資する活動が低迷する危険性もあります)。JTは、この応援にも後押しされたか、優勝候補の東芝を破り、過去最高のベスト4という成績を収めました。いまさら解散が撤回されることはないでしょうが、解散を決めた経営者は一度でもこの応援を見たことがあるのか、不思議に思います。
 都市対抗野球は、近郊企業の従業員が終業後に応援できるようにとの配慮か、各日の最終試合はナイターになっています。昨年観戦した準決勝、三菱自動車岡崎対三菱ふそう川崎の試合では、午後6時の試合開始時にはチラホラだった川崎の応援スタンドに、回を追うごとに仕事を終わった人たちが続々と駆けつけ、試合終了まで増えつづけて、最後はポール際までぎっしり埋まった大応援団の大歓声に膨れ上がるという感動的な光景を見ました。この両チームが、今年は品質問題をめぐる不祥事のために出場を辞退しなければならなかったのですから、まことに残念なことです。
 JTに破れた倉敷オーシャンズは、2002年までは三菱自動車水島というチームでした。阪神の八木裕選手などを輩出した有力チームですが、リストラの一環で三菱自動車から支援を打ち切られ、後援会の支援を支えにクラブチームとして再出発したという経緯があります。そのため、今は三菱自動車とは無関係だからということで辞退を免れることができたのですが、選手は全員三菱自動車の社員ですし、おそらくは他のチームの分まで期待がかかっていたに違いありません。倉敷は遠いですし、企業の支援がない中では、応援も相当部分は手弁当にならざるを得ないはずで、倉敷オーシャンズの応援は非常に小人数、応援部員も都市対抗としては最低限のものでした。これがクラブチームの厳しさというものでしょうが、来た人には「職場の代表」との気持ちがあったのでしょう、真剣な応援ぶりで、選手には大いに力になったに違いありません。一体感は応援に来る人だけのものではなく、職場全体のものなのだろうと感じさせられました。
 もちろん、選手が所属する職場でともに働く人たちにとっては、選手は職場の誇りであることは間違いなく、その点でも企業スポーツは従業員の意欲や士気の向上に一役買っているはずです。若干脱線しますが、リコール隠しはたしかに許されない不祥事だとしても、野球部の選手たちにしてみればまったくあずかり知らぬ話であるはずです。応援にかけつける人たち、すなわち現場でまじめに仕事に取り組んでいる大多数の社員にとってもそうでしょう。もちろん、事件の重大さを考えれば晴れ舞台への出場をためらうのは企業経営としてはわかりますが、情においては忍びないものを感じます。せめて、補強選手として出場させることくらいは許されてもよかったのではないでしょうか。社名は多少は出るでしょうが、三菱のユニフォームを着てプレイするわけではありません。補強選手は都市対抗独特の優れたしくみで、予選敗退した企業も、補強で出場した選手の活躍を楽しみにすることができます。今年の橋戸賞(最優秀選手)は優勝した王子製紙に一光から補強された田中投手でしたし、JTが東芝を破った試合では、三菱製紙八戸クラブ(これも企業の支援を打ち切られたクラブチームです)から補強された中村投手が完封勝ちを演じました。それぞれ、各社の社員をおおいに喜ばせたことでしょう。三菱自動車でも、まじめに働く社員が少しでも元気を出せるよう、補強での出場を考えてほしかったと思います。
 さらに、社会人野球の労務管理における貢献は、都市対抗野球や日本選手権など、ノンプロの世界だけにはとどまりません。今年のアテネ五輪で3位になった野球の日本代表はプロのトッププレーヤーが揃いましたが、先発オーダー9人のうち福留(日本生命−中日)、宮本(プリンスホテル−ヤクルト)、谷(三菱自動車岡崎−オリックス)、小笠原(NTT関東−日本ハム)、和田一浩(神戸製鋼−西武)、藤本(デュプロ−阪神)と6人が社会人野球出身者で占められています。投手陣も、岩瀬(NTT東海−中日)、小林(東京ガス−ロッテ)、安藤(トヨタ自動車−阪神)、清水(東芝−ロッテ)と4人が社会人出身です。彼らがかつて所属していた企業の人たち(とりわけ、同じ職場で働いていた人たち)は、彼らの活躍を誇りに思っているに違いありません。それは結局、自らの働く会社への誇りにつながるはずです。
 前述したように、90年代以降、社会人野球では野球部の解散やクラブチーム化が相次いでいます。一昨年の都市対抗で優勝したいすゞ自動車、その前年に優勝した河合楽器とも、いまは解散してしまっています。かずさマジック(元新日鉄君津)、東海REX(元新日鉄名古屋、ちなみに今年の決勝戦でサヨナラホームランを打った林選手は、このチームから王子製紙に補強された選手です)などのように、クラブチーム化して地域と連携した新たなスタイルのチーム経営を模索することで、なんとか企業の負担を減らしつつ名門チームを存続しようとの試みも見られますが、かつては強豪だった両チームとも、今年は都市対抗に出場できませんでした。
 たしかに、経営が厳しい中では背に腹は変えられないとの事情もあるでしょう。「社会貢献」と「企業広報」の観点からだけ考えれば、多額のコストに見合った効果が得られない、との結論しかないかもしれません。しかし、労務管理の面でのメリットにも、ぜひとも目を向けてほしいものだと思います。少なくとも、経営者には解散を考える前に、自分の会社のチームでなくてもいいですから、都市対抗野球を何試合か観戦してほしいものです。きっと、「自分の会社もこんな会社にしたい」と思えるような光景に出会えるはず・・・というのは、労務屋のセンチメンタルな思い込みでしょうか。

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