「複数就業」の矛盾(16.8.30)



 前回、厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」の報告書のなかから、パートタイマーの法定内残業に対する割増賃金支払義務化を取り上げましたが、この報告書は他にもまだまだ多数の興味深い論点を含んでいます。今回はその中から、「複数就業」を取り上げてみたいと思います。

 報告書はまず、「多様な働き方の選択肢を整備する観点からは」「複数就業についても合理性のある働き方の一つとして認知する必要がある」と述べ、それが「働く者の職業キャリア形成に資する」一方で「所得を確保するためやむを得ず選択」「過重労働を起こしやすい」「雇用保障を弱めざるを得ない」こと等に「十分留意しておくことが必要」としています。そのうえで、「関係する公的な施策や制度についての中立性の確保が必要」であるとしています。そして同時に、「企業の側からは、従業員に対する兼業禁止を含めて雇用管理の在り方を根本的に見直すという本質的な課題を内包している」と指摘します。
 そのうえで、具体的な検討項目として「本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課されるのに対し、本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのか」という問題をまっさきにあげています。さらに、労災保険において「複数就業について、保険給付の給付基礎日額の算定をどのように行うのか」、「通勤災害保護制度において事業場間の移動は保護の対象とならない」という問題を提起しています。
 また、雇用保険については「パートタイム労働者の適用基準を引き下げた場合には、部分失業の考えを取り入れることの可否」の検討が必要としています。
 さらに、厚生年金保険や健康保険についてもパートタイム労働者の加入要件の見直し(対象者の拡大)とともに、「社会保険の一元化という課題も視野に入れた総合的な検討」が不可避になると主張しています。

 たしかに、多様な働き方、という観点から複数就労を積極的に認めていこう、という考え方はおおいに同感できるものです。これに対し、労働法制をはじめとして、さまざまな施策や制度が単一就労を前提に作られていることも事実ですから、その見直しが必要だというのもまことに妥当な考え方といえましょう。  具体的な検討項目についても、労災保険に関する指摘は、労働基準法の労災補償の考え方や労働保険料の負担の実態からみてもっともなものですし、厚生年金や健保についても、たしかに総合的な検討は必要でしょう。「部分失業」についても、「パートタイマーを掛け持ちしてなんとか生計費を得ている」といったケースを念頭に置いているのでしょうから、技術的な問題は多々あるように思われますし、考え方にも若干の疑問はありますが、とりあえず検討項目であるというかぎりにおいては異論はありません。
 これに対して、労働時間に関する内容は、現実から目をそらして机上の空論に終始したずさんなもので、某教授のことばを借りれば「法匪の書いた無意味な作文」というべきものでしょう。
 報告書は、複数就労を認知していくことについて、わざわざ「兼業禁止を含めて雇用管理の在り方を根本的に見直す」と言及しています。これは、つまるところは、複数就労が認知されないのは企業の「兼業禁止」のせいであり、ひいては社員を会社に囲い込んで絶対的な忠誠を求めるという「雇用管理の在り方」のせいである、という皮相で一面的な理解を示したものでしょう。
 もちろん、兼業禁止の大きな意図として、社員の生産性の低下(深夜にアルバイトをしているせいで会社で居眠りばかりしているとか)や、柔軟性の低下(週末はアルバイトがあるから休日出勤できませんとか)の防止といった企業ニーズがあることは事実です。
 しかし、兼業禁止にはそれだけではなく、「複数就業の場合は通算での労働時間管理が非常に困難なために、兼業を禁止せざるを得ない」という、やむをやまれぬ事情があることを看過することはできないと思います。この問題を無視したままでは、複数就業の認知は到底覚束ないと考えざるを得ません。
 これはどういうことかというと、普通に考えて、企業としては社員の兼業の事実は本人の自己申告以外に知る方法がない、ということです。しかも、社員としては、体面を気にする(極端な例としては副業が風俗営業であるとか)、評価への影響を心配するなどして、兼業を秘匿する、あるいはあえて申告しないといったことは十分考えられます。こうなると、仮に兼業の申告を就業規則などで義務づけたところで、企業が社員の申告が正しいかどうか検証する手段はありません(実際、厚生労働省も、時間外労働の管理においては労働者の自己申告によることは望ましくないとの見解を示しているわけですし)。また、こうした就業規則の規定はプライバシー保護の観点から問題があるとの考え方もあるでしょう。
 いっぽうで、たとえば社員の安全、健康確保については、自社だけではなく、兼業先まで含めた通算での管理が必要なことはいうまでもありません。現実に、昨年6月には、運送会社のトラック運転手が、兼業による過労で死者4人、負傷者13人という事故を起こした例もあります。このケースも、運転手は兼業の事実を会社に申告しておらず、会社としても過労になりかねない長時間労働であったことを知りようがなかったということです。
 あるいは、割増賃金不払の問題もあります。労働基準法38条は複数就業の場合は労働時間は通算することを定めており、法定時間を超えれば割増賃金を支払わなければ法違反となり、刑事罰に処せられる可能性もあります。ところが、これまた社員が兼業を申告しなければ、使用者は知らない間に法違反となってしまい、ことによれば刑事罰も課せられかねないということになります。これでは、兼業を禁止したくならないほうが不思議です。
 結局、現状のような「複数就労の場合、通算での労働時間管理を使用者に求める」という制度のもとでは、複数就労を認知することは非常に難しい、ということです。労基法38条も、一見すると複数就労を念頭においた規制であるように思われますが、現実には通算での労働時間管理が可能な場合、すなわち「同一事業主の複数事業所での勤務」を念頭においた、単一就労を前提とした制度に他ならないのではないでしょうか。それを、通達でわざわざ「事業主を異にする場合も含む」などど屁理屈に走っているところに無理があるのです。
 ところが、報告書は「本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課される」などと、こうした問題を完全に無視し、現行法制を無批判に是認する姿勢をとっているのですから、お話になりません。
 しかも、それどころか、「本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのか」と、非雇用での就労時間についてまで企業に通算で管理させようという魂胆らしいのですから、開いた口がふさがりません。
 たしかに、「企業が兼業を禁止していることが、社員が在職のまま起業の準備をすることの制約となり、開業の促進を阻害している」といった批判があることは事実なので、そうした意見も踏まえているのかもしれません。
 しかし、そもそも、雇用と自営の複数就業のようなことは昔々から広く行なわれてきました。たとえば「兼業農家」がその代表例で、2001年で約180万世帯あるようなので、まずまず180万人は雇用と自営の複数就業をしていることになります(実際、兼業を禁止している企業でも、農業のほかアパート経営や家業の店番の手伝いなど、会社での仕事への影響が小さい自営との兼業は申告すれば基本的に許可するという運用をしている例が多いはずです)。これまで特段の問題意識が持たれてこなかったものを、いまさらとりたてて持ち出してくること自体が不可解ですし、兼業農家で農業に従事した時間も労働時間として通算して企業に割増賃金を払えなどということは、検討するのもナンセンスではないでしょうか。まあ、「請負等の自営業」と書かれているので、念頭におかれているのは自営形態でも雇用類似の労働なのかもしれませんが、それにしても、自営の一部に雇用類似のものがあるから、自営のすべてを労働時間通算にするというのは理屈が通らないように思います。
 結局のところ、前回ご紹介したように、報告書は「仕事と生活の調和」のために労働時間の短縮を強調しているにもかかわらず、常識的に考えて労働時間の伸長につながる複数就労を取り上げているところに、根本的な無理があるのではないでしょうか。だから、「所得の確保」や「過重労働」を「悪い複数就労」と位置づけ、したがって長時間労働の複数就労はまかりならぬ、よって現行の規制を強化すべき、というこじつけになってしまうのでしょう。しかし、「良い複数就業」、「職業キャリア形成に資する」複数就業であっても、実務常識で考えて、労働時間が短くなるはずがありません。いまの仕事をしっかりこなしつつ、さらに別の仕事にも取り組んでキャリアを伸ばそうという人に対しても規制を強化して労働時間を短縮しようというのが「仕事と生活の調和」であるとは思えません。

 それでは、複数就業を広く認知させるにはどうするかといえば、その障害を取り除く、すなわち、異なる事業主のもとでの労働時間の管理を企業に求めない、という考え方に改めることが必要だ、ということになります。企業はそれぞれ自らが当事者である雇用関係についてのみ責任を負い、通算労働時間をはじめとして、複数就業にともなって発生する事項については、複数就労を選択した労働者の自己責任を原則(原則であって、すべてをそうすべき、というわけではありません)とすべきではないでしょうか。
 たとえば労基法38条についていえば、同一の事業主、あるいは資本関係や取引関係からみて同一と判断される事業主のもとで、異なる事業所で労働した場合は、これは通算で管理しなければならないことは当然です。しかし、全く異なる複数の事業主のもとでの労働時間については、企業はそれぞれ自身の労働時間について責任を負うにとどめ、それぞれ単独の労働時間にもとづいて労働法の規制を適用していけばよいのではないでしょうか。もちろん、この場合、働きすぎや健康問題に関しては、通算労働時間以外のなんらかの規制が必要になる可能性があることは言うまでもありません。
 健康管理についても、たとえば厚生労働省は残業が月100時間を超えた人は医師との面談を義務化しようという意向のようですが、これまた単一就業を前提にした規制で、複数就業の通算で100時間、ということになると実務的には管理不能でしょう。面談させる義務はどちらの事業主が負うのか、費用はどちらが負担するのか、いずれも面談させなかったらどう対応するかなど、問題が多すぎます。これについても、企業は自身単独で残業100時間を超えた場合にのみ義務が発生するとし、通算で100時間を超えた場合の面談義務は労働者本人に発生する、とすれば明快ではないかと思います。

 もちろん、現実には複数就業といっても多様であり、前述したようにパートタイマーをはしごしてなんとか生計をたてている、というケースもあるわけですから、働く人に過酷に失してはならないことは当然で、十分なバランス感覚をもって検討することが必要だろうと思います。しかし、複数就業で顕在化する現行法制の矛盾を放置したままでは、報告書のいう「複数就業の認知」は進まないことでしょう。

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