岩隈投手移籍問題と人事管理(16.12.27)



 統合球団オリックス・バファローズへの参加を拒み、新球団楽天ゴールデンイーグルスへの移籍を希望していた岩隈投手が、結局希望どおり移籍するということで決着する方向になったようです。優秀な社員が職場の運営に不満を持ち、人事異動を希望する、というのは民間企業でもそれほど珍しいことではない、というよりはざらにあることっですから、これは人事管理という観点からも興味深い事例といえそうです。今回は、人事管理という面から、岩隈投手移籍問題を考えてみたいと思います。
 さて、民間企業では、自己申告制度などを利用して人事異動に本人の希望を反映させている企業も多くあります。それでも、基本的には人事権は経営の専権事項であり、最終決定権はあくまで企業にあるというのが大半の企業の考え方でしょう。プロ野球選手は雇用契約ではなく請負契約であり、トレードも企業内の人事異動ではなく企業間の移籍ですが、球団に強い保有権を認めた野球協約や統一契約書が適用されているため、トレードと企業内人事異動は事実上かなり類似した部分があります。バファローズの小泉球団社長も「保有権は球団にとってきわめて重要」と発言しているようです。したがって、岩隈投手の希望にそのまま応じることは、組織秩序の維持においては大問題であり、バファローズがこれに難色を示したのは当然でしょう。
 それでも結局移籍を認めたのは、それなりに合理的な理由と、そうせざるを得ない事情があったのだと思われます。もちろん、企業(球団)イメージのダウン、というのも人気商売であるプロ野球では非常に大きい問題だったでしょうが、人事管理の観点からの判断も働いているのではないでしょうか。
 まず、放出にともなうデメリットから考えてみたいと思います。まずはなにより、主戦投手を放出するわけですから、球団成績に与える影響は当然大きいものがあることは当然です。ただ、常識的に考えて、ここまで組織への忠誠心も士気も低下してしまった状態では、期待ほどの成績は残せないと考えるべきでしょう。したがって、成績に与える影響は昨年の実績ほどには大きくないだろうということには注意が必要です。
 ただし、人件費という観点からみると、岩隈投手の今季の推定年俸は6,500万円ということで、成績と比較して案外高くないという印象です。もちろん、残留すればかなりの年俸アップが予想されますから、この金額そのままで考えるわけにはいきませんが、比較的コストパフォーマンスのいい選手を放出するということは、そうでない場合に較べてデメリットは大きいと考える必要がありそうです。
 それに加えて、もちろん、組織の秩序が混乱するというのも人事管理上大きな問題でしょう。移籍を希望しながらバファローズで稼動せざるを得ない選手たちには不満もあるものと思われますし、他の選手が次々と岩隈選手に続こうとするのではないかとの懸念も一部にはあるようです。
 とはいえ、今回は選手やファンの大方の意向を無視した統合とい背景があるため、世論の大勢は球団に反発し、岩隈投手には同情が集まっているという特殊事情があることには注意しなければなりません。他球団の有力選手が、単に起用や采配などへの不満から移籍を希望しても、おそらくは世間の支持は集まらなず、むしろ批判を受けるだろうと思われます。そもそも、起用や采配に不満を持つ選手は多いはずで、それでも移籍希望がそれほど出てこないのは、そうした事情があるからでしょう。また、並の選手であれば、移籍を希望したところで「文句があるなら干しておけ」という民間企業ではありがちな(?)現実的な対応ですんでしまうでしょうし、シーズンオフには球団としても強く引き止めておこうとはしないでしょうから、自由契約にして自力で転籍してください、ということになるものと思われます。
 こう考えると、バファローズ、あるいはプロ野球全体の秩序への影響は、それほど大きくはないと考えられそうです(ことによると、現行のフリーエージェント制のほうが混乱を招いているかもしれません)。
 次に、放出することのメリットですが、まずは金銭トレードの見返りとして得られるキャッシュがあり、報道では約2億円といわれています。フリーエージェントによる移籍の場合は、金銭での補償なら前季年俸の1.5倍とされていますから、単純に比較できないにしてもかなりの好条件といえましょう。また、岩隈選手が在籍していれば支払っていたであろう年俸を払わなくてすむわけですから、上下ではかなりの金額となります。今回の球団統合がそもそも経営困難を理由としていたことを思えば、これは無視できないメリットでしょう。あるいは、この金額(の一部)を投じて強力な外国人選手を補強できれば、さらに大きなメリットとなる可能性もあります。
 また、人事管理的には、統合球団の融和、チームワークの確保という観点は無視できません。野球は団体競技ですから、当然ながらチームワークが重要ですが、そもそも今回の合併は両社の労組が大反対(とりわけ「吸収される」側の旧近鉄バファローズの選手の反発は強いでしょう)するなかで強行されたものでしたから、融和とチームワークの確立は統合チームにとってきわめて重要な課題のはずです。そうしたなかで、主戦投手のひとりがこうした状態では、チームワークに対するかなりの悪影響は避けられないでしょう。旧近鉄の礒部選手を統合球団がプロテクトから外したのも、本人の希望を尊重したというよりは、融和をはかるためには致し方ないとの判断だったのでしょうし、旧オリックス・近鉄の双方で監督の経験がある仰木彬氏を監督に招いたことをみても、統合球団は融和促進をかなり重視しているものと思われます。
 これに加えて、球団イメージの問題などを総合的に判断して、放出もやむなしという結論に達したものと思われます。部外者である私にはなんともいえませんが、感覚的には理解できる判断のように思われます。
 とはいえ、球団合併の目的は経営改善のほかに、「強くする」という意図もあったはずで、「分配ドラフト」でも統合球団に優先枠が設定されていました。その点から考えれば、今回岩隈投手を放出せざるを得なかったことは大いに問題と受け止められているのではないでしょうか。
 そこにはさまざまな問題があるでしょうが、やはり一連の合併の動きにおける労使のコミュニケーションの決定的な不足、とりわけ経営サイドからの説明不足にに最大の問題があったと言わざるを得ないのではないでしょうか。それはひいては、日常的なコミュニケーション不足、説明不足を反映しているはずです。
 民間企業では、あえて人事の秩序維持に逆行するような社内FA制度を導入する例が増えています。所属上司の同意が不要なばかりか、上司には拒否権がない、あるいは一切知らされないといったラディカルな制度も決して珍しくありません。これは、社員を活性化させるということもさることながら、管理監督者に対して、優秀者が飛び出していかないようにきちんとした職場運営を行い、魅力ある職場づくりに努めるようにとのメッセージがあることは言うまでもないでしょう。職場運営への説明責任を果たすことはその大前提です。企業経営全体をみても、経営陣と社員の意思疎通がまずければ、どこでも通用する優秀者はどんどん転職していってしまう時代になっています。
 それに対して、プロ野球のFA制度は、およそ活性化にも職場運営の改善にもつながっていないように思われます。FAによる年俸の不合理な上昇はたしかに問題ですが、そもそも高額年俸を得るプロ選手が、カネだけのために働くとも思えません(年俸は単なる金額ではなく、選手への評価であるという側面もありますが)。もちろん、勝負を争う仕事ですから、瞬時の判断で必ずしも合理的な説明のできない判断や、目的のために選手に犠牲を強いるような、説明しにくいドライな判断を求められる場面は、一般企業に較べてはるかに多いだろうと思います。とはいえ、高額年俸が本当に球団経営悪化を招いているのであれば、それは経営サイドがすべて(とは言わないまでも、ほとんど)をカネで片付けようという稚拙な人事管理を行っていることの帰結であるというのは、門外漢の素人の思い違いでしょうか。

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