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(その1〜 行政に求められる取り組み 〜を読む) 前回は、出生率の回復のために日本の働き方を見直し、スウェーデンのような働き方を実現するために必要不可欠な行政の取り組みについて考えました。 今回は、スウェーデンのような働き方を実現した場合の仕事や社会の変化や、それにともなって求められる働く人の意識改革について考えてみたいと思います。もちろん、育児や家事全般に対する意識改革が必要なのは当然ですが、それだけでなく、仕事や社会に対する意識改革も重要だと思われます。 まず一つめは、賃金についての意識改革です。 フォーラムのパネルでは、スウェーデンでは「男女がともに正規雇用で雇用と収入を安定させると出産を考える」という非常に興味深い紹介がありました。これは要するに、女性のキャリア云々といった問題ではなく、育児に必要な経済的基盤を得るためには両親ともに正規雇用でなければならない、ということでしょう。しかも、スウェーデンにはかなり手厚い両親保険と児童手当があるにもかかわらずそうなのですから、その賃金水準があまり高くないことは想像にかたくありません。実際、労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2004」に掲載されている資料によれば、2001年の製造業の時間当たり賃金は日本が約2,493円、スウェーデンが114.9クローネ(約1,690円)となっています。もちろん、購買力平価を考慮に入れて比較しなければならないわけですが、有名な英Economist誌のThe Big Mac Indexの今年5月24日のデータをみると、日本が2.33ドルなのに対してスウェーデンは3.94ドルですから、特段スウェーデンの物価が安いということもなさそうです。スウェーデンは国民負担が高いので、手取り・可処分といった観点からは2倍程度の差はあるのではないでしょうか(その負担率が高いことで、極端にいえば1歳を過ぎれば日中はほとんど育児をしなくていいというくらいの公的保育の充実が実現しているわけですが)。いずれにしても、スウェーデンでは夫婦がともに働くことで、日本の世帯主が一人で働くのと同程度の家計収入を得ている(そのかわり、日本では残業や柔軟な業務分担などの負担がある)、といっただいたいのイメージは描けるものと思います。 日本でもすでにこれに近い働き方も見られるようになっていますし、そのほうが失業のリスクを分散するという意味で家計にとって好ましいという指摘もあります。とはいえ、働く人には、スウェーデンのような働き方に変えるということは、家計にとっては今の収入が2倍になるということではなく、基本的には夫婦ふたりが働いて今と同じ収入を得るということだ、ということをしっかり理解してもらわなければならないわけで、これは相当の意識改革を必要とするでしょう。 第二には、働き方が変わるということは、当然ながら仕事の内容も変わるということになるはずであり、ひいては社会的な影響も避けられません。働く人には、それを受け入れ、それに対応するという意識改革が必要になるでしょう。 スウェーデンでは賃金が低く労働時間も短いのが一般的ということになると、その中には管理職候補や専門職といった水準の高い仕事に就いている人が多いとは考えにくいように思われます。要するに、普通の人は管理職や専門職になることにはあまり縁がない、ということでしょう。であれば、キャリアをめぐる競争もそれほど激しくはないでしょうから、育児休業(に限らずさまざまな休暇)も比較的とりやすいでしょうし、残業もしないということになることは納得できます。これは、大企業に典型的にみられるような、大卒は基本的に全員幹部候補生で、遅い昇進で同期入社の間で過酷な競争、という日本の状況とは大きく異なっています。 いっぽう、スウェーデンでも、こうした一般的な労働者とは別に、当然ながら管理職候補や専門職もいなければ経済は成り立たないわけで、労働時間についても、フォーラムの資料によれば女性の5.8%、男性の13.8%は46時間以上働いています。週41−45時間働く人は女性の4.2%、男性の9.7%なので、46時間以上はこれを上回っており、したがって51時間以上とか56時間以上とかいう人もそれなりにいると考えられます(それでも日本よりは短いでしょうが)。このカテゴリに入る人たちはキャリアへの意識は強いでしょうが、全体の1割程度でしょうから当初からかなり高いレベルへの昇進は約束されているわけで(これまた、前述した日本の状況とは大きく違います)、しかも実力が見えやすい世界でしょうから、やはり育児休業の取得などは比較的進みやすいのだろうと思います。同じように、残業時間も日本よりは短くなるでしょう。 フォーラムのパネルでは、在日スウェーデン大使館の外交官が日本とスウェーデンの労働時間の違いについて「スウェーデンでは、たくさん働いていればそれが誠実であるという考え方がほとんどなくなっている」「日本には時間をたくさんやれば中身はどうでもいいという考え方が残っている」などと、意識面での問題に起因するという発言をしていましたが、私はこれは逆ではないかと思っています。基本的には働く人相互の競争環境、競争の強さの違いが休暇取得や残業時間の違いとなって表れているのであり、それがひいては意識面にも影響していると考えるほうが当たっているのではないかと思います。 こう考えてみると、日本でスウェーデンの働き方を実現すると、こと仕事に関してはエリート層と一般大衆層とが分化することが予想されます。もちろん、これには出生率の回復だけではなく、労働時間短縮や休暇取得の促進など好ましい面も多々あります。それでも、日本の働く人たちがこうした二層分化を受け入れられるかどうかは、いささか疑問があります。スウェーデンの場合は有名な高負担で再分配しており、したがって結果としての格差は小さいわけですが、日本でもそれでいい、と割り切れるものかどうかもわかりません。いずれにしても、このあたりは働く人にも相当の意識改革が求められるはずです。働き方が変わればライフスタイルや社会のあり方も当然影響を受けるわけで、幅広く考えておくことが必要になると思います。 スウェーデンは人口規模も日本の10分の1以下ですし、自然条件なども大きく異なります。また、とりわけこの問題に関しては、スウェーデンは実態以上に美化されて伝えられているという印象もないではありません。スウェーデンに学ぶことは非常に示唆に富んでいますが、単純なコピーには慎重であるべきではないかと思います。 最後に、このフォーラムの私の感想というか、印象に残った部分を紹介したいと思います。 あるパネリストは、「(仕事にも育児にも取り組む)生き生きした人たちから成り立っている会社が生き抜いて、古臭くて、そういった力を持ってない何社かがつぶれていけば大きな動きになるのではないか。そういった会社に勝ってほしい」と発言しました。まことに同感であり、現実にそうなると思いますし、そうなる動きが始まっていると思います。大切なことは、企業に関してはこうした経済原則、経営原則に任せることが最善なのであり、行政があれこれ規制したり強制したりすることはあまり意味がない、ということです。 また、別のパネリストからは、「政府の少子化対策大綱を実施すれば出生率が上がるのか。働き方を見直したり、子育て支援の仕組みをつくることは大事だが、社会を信頼できる、安心できる、将来について明るい見通しを持てるかということが、結婚とか子どもを持つということについて一番大事なのではないか、希望が持てる社会ということがやはり基本ではないか」という趣旨の発言がありました。これもまた同感であり、これに関しては企業もできること、やるべきことがたくさんあるのではないかと思います。 とはいえ、将来への希望はどこから来るのか、希望が持てる社会とはどのようなもので、どうすれば作れるのか、といったことは、まだまだ明らかになっていないように思われます。難しい問題ですが、これを学問的にも、実務的にも解明していくことが、出生率回復に限らず、さまざまな面で重要ではないでしょうか。これは人事担当者にとっても、決して他人事ではない課題ではないかと思います。 |