|
私鉄大手の近鉄は、経営不振にともなうリストラの一環として、保有するプロ野球球団をオリックス球団と合併させる計画だということです。両球団の間ではかなり構想が具体化しているようですから、今後手続き的に紆余曲折があるとしても、最終的には合併ということになるのでしょう。 通常であれば「身売り」となるケースですが、このところ企業業績は改善しているものの、新たに球団経営に乗り出すには数十億円のイニシャルコストがかかるのだそうで、それほどの費用を投じてまで球団経営に乗り出そうという企業はないようです。まあ、ちょっと考えてみても、大赤字の球団を買収するとなれば、ムーディーズやS&Pはさっそく格下げを考えはじめるでしょうし、どこぞの総会屋まがいにとっては格好の株主代表訴訟の材料、ということにもなりかねませんから、こうしたご時世に各企業が二の足を踏むのは当然かもしれません。合併となるとひとつの球団が消滅するわけで、幅広い関係者に大きな影響があるものと思われますが、引き受け手がないなかでは厳しい選択をせざるを得なかったということのようです。 ロッテや日本ハムのような最終消費財メーカーであれば、赤字経営でも宣伝効果を考えれば十分にお釣りがくるということでしょうし、オリックスも当初は企業としては無名に近かったわけで、球団経営を通じて飛躍的に知名度を高めたといえましょう(企業イメージの向上にも貢献しているはずです。もっとも、負けが込むと必ずしもそうともいえないかもしれないので、負けがイメージダウンにつながりやすい商品のメーカーはまた話が別かもしれません)。いっぽう、電鉄会社ではそうしたメリットもそれほど大きいわけではありません。 そう考えると、近鉄が当初検討していた「命名権の売却」は、なかなか合理的な考え方だったと思われます。球団の宣伝効果は近鉄にとってはそれほど価値がなくても、ほかの企業にとっては大きな値打ちを持ちうるからです。実際、近鉄は球団名を球団の赤字を解消できる年36億円で売却したい意向でしたが、報道によれば名乗りをあげていた企業もあるといいます。これが実現していれば球団消滅という事態には至らなかった可能性は十分で、他球団が偏狭な料簡で拒否してしまったのは関係者にとってまことに残念だったといえましょう。 さて、前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、合併の実現に向けて労働問題が最大の課題のひとつとなることは間違いないものと思います。すでに、プロ野球選手の労組たるプロ野球選手会の古田会長はさっそく「選手の身分を保障してほしい」と要望しました。現在、両球団とも60人を超える選手と契約しており、合併が実現すれば支配下選手の上限を超える60人以上があふれる計算になるようですが、もちろんこれは選手に限った問題ではなく、スコアラーやスカウト、トレーナーをはじめ、さまざまなスタッフ、球団職員の雇用にも直接影響してくることになります。 現在の野球協約では、球団が消滅するような場合には、応急措置として所属連盟が選手、監督ならびにコーチの全員を一定期間一時保有することができ、この間、選手、監督、コーチならびにその他必要な範囲の職員の参稼報酬、手当および給料は連盟が負担することとされています。そして、連盟会長は新しいオーナーを探し、選手、監督、コーチならびに必要な範囲の職員との契約・雇用の斡旋を行うこととされています。そして、斡旋が失敗した場合、監督、コーチ、職員は契約解除、選手はウエーバー方式で他球団に移籍することになり、選手はこの措置に服従しなければならないと定められています。このとき、支配下選手の上限が一定期間80人に拡大され、契約解除された選手は可能な限り救済されることとされています。 これはシーズン中に球団が倒産するといった事態を想定しているようで、シーズンの続行とそのための球団の存続を念頭においた規定となっていますが、球団の合併についても、合併される球団についてはこの規定を準用するとされています。ただ、合併の場合は後継オーナー探しということは考えられないわけですから、基本的に監督、コーチ、職員は解雇をふくむ契約解除、選手はウェーバーで他球団移籍ということになりそうです。 監督やコーチについていえば、もともと有期契約なのですから、契約解除も当然想定されているわけで、特別に問題視する必要もないでしょう。また、それなりに現役時代の実績があるとか、指導のノウハウを持っているといった人たちでしょうから、再就労も困難ではないと考えられそうです。スコアラーやスカウト、トレーナーといった専門職については私にはよくわかりませんが、前2者に関してはおそらく、当人たちが仕事につけないことにはならず、その分これから現役引退する選手の再就職先が狭まることになりそうです。トレーナーに関しては、プロ野球球団での就労経験は市場価値を高めるでしょう。 問題は職員ですが、これは現実問題としては配置転換や再就職斡旋などで近鉄がそれなりに面倒をみるということになるのだろうと思います。 さて、選手については、協約どおり各球団の支配下選手の上限が10人拡大されれば、11球団×10人で110人ということになり、計算上は全選手を救済できることにはなります。とはいえ、実情をみれば現状以上に選手を獲得する経営余力のない球団も多いでしょうし、どの球団も関心を示さない選手もいるでしょうから、全員というのは難しそうです。現実にはさらに、移籍によって玉突きであふれる選手が出てくる可能性も高く、球界全体の問題となりそうです。その心配がいちばん大きいのは合併するオリックスの選手のはずですが、上記の協約をみるかぎり「合併される球団の選手をウェーバーにかける」とも読めるので、近鉄の選手をオリックスが優先的に確保できるという保証は必ずしもなく(となると、なんのために合併するのかわからなくなってしまいますが)、どの球団の選手も大きな影響を受ける可能性があります。したがって、労組たるプロ野球選手会が懸念を表明するのはまことにもっともといえましょう。 そこで問題は、選手会としてこの問題にどのように関与することができるか、ということになります。選手会は苦闘のすえにこの3月にようやく日本プロ野球組織(NPB)と団体交渉に関する覚書を交わし、それ以降はFA制度など選手移籍問題に関する団体交渉を行っていますし、それ以外にも代理人交渉や外国人枠などの問題に取り組んでいます。しかし、その活動は(カウンターパートがNPBということでやむを得ない部分はありますが)制度面が中心であり、特定球団との間での選手の個別の契約に関する問題に取り組んだ経験はおそらくないものと思われます。選手会の努力により、プロ野球選手が少なくとも労組法の労働者にあたることはほぼ定説になっていますが、個別球団と選手会、あるいはその球団所属の選手の代表との団体交渉の枠組みはまったく整備されていないのが現状でしょう。当面はNPBに善処を求めて交渉していくことになるのでしょうが、いよいよ選手の帰趨が定まり始めたときや、選手の所属や契約条件などをめぐって争いが起こったときなど、はたして選手会は労組としてどこまで関与し、影響力を発揮できるのか、その真価が問われることになりそうです。 いっぽうで、NPBをはじめ、球団経営サイドにも、一定の努力と譲歩を期待したいものです。もちろん、球団サイドからみれば選手はあくまで一人ひとり独立した個人事業主であり、個別契約の対象ですから、状況に応じて契約を更改しないことは当然ありうるというのが基本的な立場でしょうし、それを変更すべき理由はまったくありません。そういう意味では、今回のケースをことさらに特別扱いすべき理由もないというのが正論でありましょう。しかし、その一方で、選手にも一定の労働者性があることは全否定しても仕方のないことでもあるだろうと思われます。球団ビジネスの現場の担い手である選手の主張に耳を傾け、それなりに理のある部分は入れながら共存共栄をはかっていくのが現代的な考え方ではないでしょうか。一部の球団オーナーの中には、労働組合そのものがけしからん、不愉快だという前近代的な発想があるやに見えてしまう言動もないではないように感じますが、万一本当にそういう考えがあるのであれば、それは再考の余地があるのではないでしょうか。 また、どの程度の事実かは別として、経営サイド自体に、NPBやセパ両リーグの野球連盟、あるいはオーナー会議など、意思決定のしくみや権限のありかに混乱があるとの指摘もあるところです。仮にそうした現実があるのであれば、これを機に、さまざまなレベルで実効ある労使の話し合いのしくみを整備することを通じて、運営の近代化や簡素化をはかっていくこともできるのではないかと思います。 |