「オー人事!」(16.4.12)



 人材ビジネス大手のスタッフサービスといえば人事担当者にはおなじみの会社ですが、最近ではサラリーマンのありがちな苦悩を巧みにパロディ化したCMが評判で、「オー人事」の会社として広く有名になっています。そのスタッフサービスで、元従業員の自殺について遺族が労災申請と労基法違反の告発を行うという事件が起きているそうです。
 新聞報道などで事情を確認してみますと、申請・告発したのは昨年12月に自殺した当時32歳の元副支店長の遺族です。この元副支店長は、昨年夏からうつ病で通院していましたが、営業社員に降格された翌日の昨年12月2日に自殺しました。遺族などの主張によれば、元副支店長の勤務実態を示す資料はなく、同僚や退職した社員などから聞き取り調査した結果では「同社の営業担当者は午後6時ごろに帰社し、その後打ち合わせを行い、帰宅は午後10〜11時。休日出勤も多く、残業時間は1カ月間で100時間を超えると推定される」のだそうです。元支店長はみずから営業するだけでなく部下の管理や指導にもあたっており、また、営業目標の達成度を「人格を否定されるようなののしりも受け」るほどに上司に厳しくチェックされていたということで、遺族などは「自殺は過酷なノルマと長時間労働のせい」だとして、労災保険の給付を申請するとともに、スタッフサービスと同社の関西営業本部副本部長を労働基準法違反(割増賃金の不払いと思われます)で告発した、ということのようです。会社や上司に対して損害賠償を求める訴えはまだ起こされていないようですが、通常のパターンから考えればいずれ起こされるでしょう。遺族の代理人は、「タイムカードもなく業績第一で、労働者を扱う人材派遣業にあるまじき会社だ。同社のCMでは上司や部下に恵まれなければ転職するよう勧めているが、同社こそ転職先を求めて電話したくなるような勤務実態だった」などと批判しているのだとか。いっぽう、スタッフサービスは「遺書もないということで、自殺の原因については現状では思い当たる事実を確認できていない。ご遺族の方々に、今後とも誠意をもって対応させていただく所存」と、とりあえず冷静なコメントを出しているようです。
 さて、この事件には二つのポイントがあるようです。ひとつは「自殺が業務に起因する労災かどうか」、もうひとつは「割増賃金不払いなどの労基法違反があったかどうか」ということになるでしょう。報道や遺族の主張はこれらを一体に混同しているようですが、本来はまったく別の問題のはずです。
 第一の「自殺が労災か」という点に関しては、就労の実態が重要な判断材料になるわけですが、報道されているのは遺族などの一方的な言い分なので、必ずしもうのみにはできません(遺族などが同僚や「退職した社員」などから聞き取りをしたのですから、無意識のうちにそこに誇張などが含まれてくるだろうと考えるのがむしろ自然だろうと思います)。とはいえ、スタッフサービスも「思い当たる事実を確認できていない」とはいいながら、「今後とも誠意をもって対応させていただく」といっているところをみると、就労実態に問題があったという意識はもっているように思われます。遺族などの主張が大筋において事実であるとすれば、最近の労基署や裁判所の判断などをみるかぎり、これも労災と判断される可能性が高いのではないかと思います。
 問題は、会社や上司の責任をどう考えるかですが、遺族などの主張にもあるように、とりあえずは「残業100時間」という勤務をこなしていたことも事実であり、会社が「思い当たる事実を確認できていない」というのもわからないではありません。副支店長から営業社員への降格も、一見過酷な仕打ちにみえますが、業務負荷、負担の軽減のためにはそれなりに意味のある対応といえるでしょう(もっとも、それが結果として自殺の引き金を引いてしまったという主張もありうるでしょうが)。とはいえ、このところ行政や裁判所は、企業に対して、管理職であるか否かにかかわらず、従業員の健康管理をかなり強く求める傾向を示しているようです。職場で見たところ元気そうだった、というだけでは就労実態や健康状態を十分に管理していたとは評価してもらえないのではないかと思われます(しかも、現実に降格という対処をしているのですから、なんらかの異状は確認されていたのではないかと思われます)。タイムカードがないからすなわち就業管理が不十分、ということにはならないと思いますが、それならばそれなりにきちんとした管理が行われていたのでないかぎり、会社は一定の責任を問われることを免れないように思います。
 上司に関しては、会社だけでなく上司も名指しで告発しているところからみて、遺族の個人的怨念がかなりあるように思われます。まあ、遺族にしてみれば、直属上司に対して「あいつに殺された」といった感情的な怒りを覚えるだろうとは思います。ただ、営業である以上は目標があるのは普通であり、管理職が目標の達成に一定の責任を求められることもまた普通です。中間管理職はしょせんは会社の方針や目標に従って動くしかありません。明らかに健康状態に大きな不具合が認められるにもかかわらず放置していた(今回はとりあえず降格して仕事を軽減してはいるようなので、これには該当しないでしょうが)とか、会社が勤務実態や健康状態の把握を指示していたにもかかわらず無視していた、といったことであれば責任は重いでしょう。いっぽうで、ときに厳しすぎる叱責があった、という程度であれば、あまり大きな責任を問うことは過酷に失するように思います。
 次に、第二の「労基法違反か否か」という点です。
 遺族などは「時間外勤務手当も支払われておらず、労基法違反は明らか。男性の自殺は、過酷な業務による精神的、肉体的疲労が原因だ」と主張しているようです。
 すこし脇道に逸れますが、労基法違反があれば会社の責任をさらに追及できますから、遺族などがこうした論法をとるのは作戦としてはわかります。しかし、本質的には長時間労働などの「過酷な業務」が問題なのであって、割増賃金が支払われたとしても、長時間労働は長時間労働であり、過酷な業務は過酷であるに変わりはありません(まあ、多少は気分的な違いはあるかもしれませんが)。繰り返しになりますが、労基法違反があることは会社の管理体制の不備を示す事例ではあるので、作戦としては有効かもしれませんが、理屈で議論する上においては、就労実態の把握と割増賃金の支払とはきちんと区別する必要があると思います。
 そこで、この元副支店長のケースが労基法違反(割増賃金の不払い)にあたるかどうかですが、これはひとえにこの元副支店長が労基法の一部の適用を除外される、「管理・監督の地位にあるもの」に該当するかどうかにかかってくる問題だろうと思います。これは「名称にとらわれず実態に即して判断」すべきとされていますので、今回もこの元副支店長の業務や責任・権限の実態によって判断されるものと思います。
 実態がわからないのでなんともいえませんが、遺族なども元副支店長は部下の管理や指導を行っていたと主張していますから、それなりに指揮命令する部下もあり、管理職としての実態もあったものと思われます。もちろん、部下がいればすなわち「管理・監督の立場にあるもの」であるとはいえない(たとえば、駅の助役は管理・監督の立場にあるものにあたらないという判決もあります)わけですが、この支店には専任の支店長がおらず、この元副支店長が事実上の支店長として運営されていたらしいという話もあります(これは確実な情報ではありませんが、元副支店長の上司が関西営業本部副本部長だったらしいので、一応その可能性はあるように思います)。スタッフサービスのホームページによれば、同社の社員は約4,200人、登録している派遣スタッフは79万人(うち稼動71万人)、拠点数は168ということですから、単純計算で1拠点あたり25人程度の社員がおり、4,700人以上の派遣スタッフが登録し、4,000人以上が稼動していることになります。これだけの規模の拠点を任されていたのであれば、これは「管理・監督の地位にあるもの」に該当する可能性が高くなるでしょう。
 繰り返しになりますが、労基法違反か否かは実態として管理・監督の地位にあるかどうかによって判断されるべきものであり、一部のマスコミにみられるような、「100時間も『残業』があったのだから不払いであり、労基法違反である」といった単純な論調は明らかに誤った理屈だろうと思います。
 スタッフサービスの2002年の売上高は1998年の3.5倍ということで、この間に市場が1.7倍程度に拡大していることを除いても、たいへんな急成長といえるでしょう。ベンチャー企業が成長する過程においては、従業員はとにかくがむしゃらに働くという時期もたしかにあるのでしょう。とはいえ、そこにはやはり一定の管理が必要なことも間違いないのではないかと思いますし、スタッフサービスにも誠意をもって対応との姿勢はあるようですから、今後は改善されるものと思います。いっぽうで、だからといって管理・監督の地位にあるものの範囲を不適切に狭くすることはあってはならないでしょう。行政の適切な判断を期待したいものです。

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