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「ピークロード・プライシング」というのは、人事担当者にはまだ耳慣れないことばかもしれません。鉄道(に限らず道路、港湾、空港など)の利用料金を混雑時には高く、閑散時には低く設定することにより、利用者数を平準化し、混雑の緩和をはかろうというもので、海外にはすでに実施例があるそうです。「時間差料金制」という日本語があてられているようです。 この議論自体は古くからあるようですが、平成13年12月に閣議決定された総合規制改革会議の「規制改革の推進に関する第1次答申」の「都市再生」の項に「通勤鉄道における時間差料金制の導入」が織り込まれてから具体化してきました。昨年12月に閣議決定された「規制改革の推進に関する第3次答申−活力ある日本の創造に向けて−」においては「平成16年度以降逐次実施」とされています(ここでは鉄道だけに限られていますが、道路(交通渋滞)に関しては、昨年の今ごろ石原東京都知事が、時間ではなく地域を区切って、都心部への車両乗り入れを有料化するロードプライシング構想の検討を表明したのはまだ記憶に新しいところです)。 鉄道の時間差料金制の趣旨は「通勤混雑を緩和し快適な通勤を確保するためオフピーク通勤を推進するうえで有効」ということで、通勤が直接の対象となっていますから、これはまさしく労務問題でもあります。具体的には、通勤時間が分散すれば勤務時間も当然分散するという問題と、通勤手当の支払をどうするかという問題が考えられ、企業の人事管理に思わぬ大きな影響があるかもしれません。また、こうした問題に企業がどう対処するかによって、混雑緩和の効果にも影響が出てくるでしょう。 まず、勤務時間の分散については、多数の人が同じコンベアで働く生産ラインのような職場をはじめとして、たとえば顧客への応対をともなう業務など、営業時間や受付時間が決まっている職場では、その時間にあわせて出勤せざるを得ないでしょう。9時から5時まではビジネスタイム、というわが国の商慣行はなかなか根強いものなので、そう簡単にこれを動かすことは難しいものと思います。もちろん、それを動かすのが時間差料金の趣旨だ、ということかもしれませんが、そのためには相当の料金差(現状の鉄道運賃から考えて、混雑時料金は大幅な値上げ)を設定する必要があるでしょう。となると、通勤費だけでも企業はかなりのコストアップになる可能性があります。しかも、企業が仮にオフピーク通勤を従業員に命じた場合、それはおそらく顧客との関係を考えて、遅くなるよりは早くなる方向に働くでしょう。となると、企業にはその分時間外労務費のコストも増えることになります。 もちろん、そういった制約のない職場もありますが、そうした職場にはすでにフレックスタイム制の導入も進んでおり、それなりにオフピーク通勤も行われているのが実態でしょうから、そこに時間差料金制を導入しても効果は限られると考えざるを得ません。そもそも、フレックスタイム制は出退勤時刻を従業員の裁量に委ねる趣旨であり、通勤費が安いから早出や遅出をしろと命じることができるものではないという面でも、時間差料金制の効果を大きく期待するのは難しいでしょう。やるなら時差出勤でしょうが、フレックスタイム制から時差出勤への変更は対象者にとってはかなり利便性が低下するので、はたしてスムーズに受け入れられるかどうか疑問があります。 そもそも、昨今ではコミュニケーション不足や顧客対応の不備など、フレックスタイム制の弊害が問題視され、なかには対象者の利便性の低下もかえりみずにフレックスタイム制を廃止したり縮小したりする企業も出てきていますから、もともとオフピーク通勤自体があまり現実性のないアイデアなのかもしれません。 次に、通勤手当をどうするのか、というのが実務的には大問題になります。 利用する時間帯によって運賃が異なるわけですから、定期券の価格などはどうなるのかちょっと想像がつきませんが、最近では自動改札機がどんどんハイテクになっていますので、技術的にはいろいろなことができるようです。たとえば企業と鉄道会社が契約して、鉄道通勤する従業員に利用可能な区間、期間および1日あたり回数(往復の各1回)を限定した定期券を持たせ、自動改札機を通過した時刻に応じてその都度料金を計算して累計していって、事後的に利用額を企業から鉄道会社に直接支払う、といったことは十分可能なようです。これならば、現状と同様、定期券については通常より割安な料金を設定することが可能ですし、まさに実費になりますから、企業としては従業員に定期券代を支給するより安上がりになる可能性もあります。さらには、(これは時間別料金制と必ずしも直接に関係しませんが)鉄道運賃はプライスキャップ制なのですから、利用量の多い企業はより割引の大きい運賃で個別契約するといったことにまで発展する可能性もあります(これは鉄道事業法が禁じる不当な差別的取扱いや不当競争に該当するのかもしれませんが)。 ただし、このように定期券を現物給付するような支給方法だと、従業員にはオフピーク通勤の金銭的なインセンティブが働かないことには注意が必要です。どの時間に通勤しようが料金は会社持ちで、自分の懐具合には一切関係ないということでは、時間差料金だからといってわざわざ料金の安い時間に通勤しようとはあまり考えない可能性が高いからです。 いっぽう、ここまでの対応が本当にとられるかどうかは疑問で(鉄道会社にしてみれば巨額の費用を要するでしょう)、依然として企業が現金で通勤手当を払い続けるということになると、これは逆にかなりのコストアップになる可能性があります。すなわち、所定労働時間帯や標準出退勤時刻などを混雑時間に設定している以上は、結局のところ企業としては混雑時の料金をベースに通勤手当を支払わなければならないわけで、そうなると混雑時料金が値上げされる分はまともに企業の負担増となるからです。 なお、この場合は、料金の安い時間に通勤すればその分は従業員の手元におカネが残りますので、従業員にはオフピーク通勤のインセンティブは働くでしょうが、これはこれで、基本的に通勤手当は実費補填が建前(だからということで常識的範囲なら非課税にもなっている)であることなどを考えると、本当に差額を従業員が懐に入れるのがいいのかどうか、疑問もあるように思います。 こうしてみると、ピークロード・プライシングの導入は人事担当者にかなりの難問となる可能性があります。通勤手当については、非課税の恩典には捨てがたい魅力がありますが、いっぽうでこれが長距離・長時間通勤を助長し、時間の効率的利用を阻害するだけではなく、ひいては少子化問題にもつながっているとの批判もあります。この際、これを機に通勤手当を廃止して基本賃金に組み入れてしまう(当初は調整が必要でしょうが)ことも視野に入れた見直しを検討すべき時期なのかもしれません。 いずれにしても、「平成16年度から逐次実施」との閣議決定がありますから、それほど悠長に構えていられる問題ではありません。人事担当者としては覚悟して準備しておく必要があるでしょう。 |