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いささか旧聞となりますが、さる6月25日、内閣府経済社会総合研究所の第18回ESRI経済政策フォーラムが、「出生率の回復をめざして−スウェーデン等の事例と日本への含意−」というテーマで開催されました。今回はこれをおもな材料として、出生率回復策について考えてみたいと思います。論点は多岐にわたりますので、2回に分けて書きます。 スウェーデンは先進諸国の中ではとくに出生率が高いことや、育児に対する政策的支援が非常に手厚いことでよく知られています。まずはフォーラムの資料や講演等をもとに、スウェーデンの育児環境、育児支援のポイントを概観してみたいと思います。 まず育児のための時間的な側面では、育児休業が子が8歳になるまで、両親について各240日、合計480日確保されています。まずまず2年というところでしょうか。うち各195日、合計390日については、給与の80%が「両親保険」制度から補填されます。各195日ではありますが、そのうち各135日は他の親に譲渡することができます。残りの各60日は譲渡できず、それぞれが取得しないと所得補填がないため、これが男性の育児休業所得を促進しているといわれています(もっとも、後述のようにスウェーデンでは1歳から就学前学校で公的な保育が受けられるのに対し、育児休業は子が8歳になるまで取得できますから、育児休業を取得しているといっても、日中は必ずしも育児をしているという保証はなさそうです)。 労働時間は、女性が週当たり平均32.7時間、男性が41.2時間と短く、通勤時間も女性が往復(!)平均27分、男性は40分となっています。帰宅時刻も男女とも6時前というのが一般的なようです。育児のための時間は確保しやすいということになりましょう。 金銭的な支援としては、16歳未満の子がいるすべての親に非課税(スウェーデンの所得税率は高いので、非課税のメリットは大きなものがあります)の児童手当が支給されます。金額は第1子、第2子はそれぞれ月950クローネで、およそ14,000円(現在の為替レート1クローネ=約14.7円で計算、以下同じ)くらいなので、といったところでしょうか。さらに第3子以降は累進的に金額が高くなります。これとは別に住宅手当の支給もあるようです。金額は思ったほど高くはない感もありますが、日本の児童手当制度に較べるとあらゆる面で手厚いといえそうです。 保育所に関しては、なぜかフォーラムでは「1歳から就学前学校があり、費用も9割は税金でまかなわれている」という程度の話しか出なかったのですが、他の資料などでみると、1歳から6歳までの子どもの83%が公的な保育を受けているということです。スウェーデンの女性の労働力率は70%台のようですから、男性の労働力率を考慮しても、これは希望する人全員が公的な保育サービスを受けられるという状況と考えていいでしょう。さらに、保育料は大勢として世帯所得の3%で、上限が1,140クローネ(17,000円くらい)とかなり安価に抑制されており、前述の児童手当でほぼカバーできてしまいます。 こうした手厚い施策により、スウェーデンでは女性の労働力率が高く、しかもフルタイム雇用の比率も高いという状況にあります。それによって、男女がともに正規雇用の職を得て、出産後の復職を含め労働市場での身分と収入を安定させることができると、出産を計画しはじめる、ということのようです。なお、フォーラムではこのほかにも社会的な側面、たとえば事実婚や婚外子が一般的で不利益がないことや、成人した子は親と同居しないことなども話題にのぼりました。 さて、こうしたスウェーデンの実情から、日本に対してどのようなヒントが得られるでしょうか。私なりに考えてみたいと思います。 フォーラムのパネルでは、日本でも及ばずながら育児休業も義務化され、育児休業給付も引き上げられ、育児時間も拡充されている、日本とスウェーデンがいちばん違うのは働き方ではないか、との指摘がありました。たしかに、働き方の違いは大きなものがあります。スウェーデンのように、両親がともに育児に参加することは育児の喜びを大いに高めるでしょうから、それを可能にする働き方を実現することが出生率の回復につながるとの意見には説得力を感じます。 とはいえ、ともすれば働き方の問題がもっぱら企業の問題であるとされ、企業が一方的に悪者にされるような傾向があるのはいささか理不尽だろうと思います。現実には、企業だけがいかに努力してもスウェーデンのような働き方が実現できるとは思えませんし、むしろ行政や個人の努力や意識改革のほうが重要であるとも思えます。 まず、行政については、日本で本当にスウェーデンのような働き方を実現しようとするならば、保育所の大幅な拡充が必要なことは明々白々でしょう。これは、現在のような、女性労働力率50%台の状況下で待機児童をゼロにすればいいというレベルの話ではありません。これがスウェーデン並の70%台に上昇しても不足しないだけの保育所を、しかも1歳から就学前まで準備しなければならないわけです。厚生労働省は企業内託児所に並々ならぬ期待を寄せているようですが、これはおよそ企業の役割をかけ離れており、公的に確保されるべきものと考えるのが当然でしょう(現実にスウェーデンでは公的保育でこれに対応しています)。もちろん、その財源もやはりスウェーデンのように国民負担によるしかないものと思われますが、そのコンセンサスを得るのも行政の役割でしょう。 また、スウェーデンの働き方を実現するには、女性65分、男性80分という日本の長時間通勤を解決することが必要なことも、やはり明白でしょう。これまた、企業にできるのは事実上遠距離通勤に対する奨励金になっている通勤手当を廃止するくらいのことしかなく(まさか、出生率回復のために事業所の近辺に社宅を作れとは、さしもの厚生労働省もおっしゃらないでしょうね)、基本的には行政の政策的取り組みが主役となるべきもののはずです(もちろん、通勤時間を直接的に短縮するのではなく、公的保育の対応時間帯を拡大するという方法もあると思います)。 さらに、フォーラムのパネルでは、在日スウェーデン大使館の外交官も参加してスウェーデンの実態を紹介していましたが、そのなかに「帰宅後も携帯電話で仕事の問い合わせを受けたりしている」という話がありました。まあ、良く言えば在宅勤務、悪く言えば風呂敷残業ということで、いずれにしても在宅しているわけですから育児するにはいいわけですが、今の日本の労働法規だと割増賃金の支払いといった問題が起きてしまいます。育児に限らず、ワーク・ライフ・バランスの観点からは労働時間や就労場所の自由度が高いほうがいいことは間違いないわけで、工場労働を念頭においた法規制をホワイトカラーにもあてはめている労働法制の見直しや、最近とみに目立つ硬直的な監督行政の修正は必要不可欠といえましょう。 このような、働き方を変えるために不可欠な施策を放置したまま、企業に対してやいのやいの言うのは、行政の責任転嫁、責任放棄と言われても致し方ないのではないでしょうか。 脱線しますが、そもそも、育児と仕事の両立の困難さやキャリアの中断によるさまざまな損失が出生率低下の原因として最大のものなのかどうかも、必ずしもはっきりしているとはいえないのではないでしょうか。育児は人生に大きな喜びをもたらしますが、いっぽうでその負担がいかに大きなものであるか(費用面に限らず、自由時間の消滅や行動の制約なども含めて)についても大いに喧伝されているところであり、その負担の大きさそのものが少子化の最大の原因である可能性も十分あると思われます(もちろん、これらを含むさまざまな要因が複合して現状があるわけです)。もし、育児負担の大きさが出生率低下の原因として大きいとすれば、働き方を見直さなくても、専業主婦の利用や休日の利用、一時利用なども含めて公的保育を大幅に拡充することで、出生率が相当程度回復する可能性もあるのではないでしょうか。こうした観点からも、公的保育の強化は最重要の取り組みになるのではないかと思います。 次回は、働き方の変化が仕事や社会に与える影響と、そこで求められる働く人の意識改革について考えます。 (その2〜 働く人に求められる意識改革 〜を読む) |