宝くじつき賃金制度(16.7.5)



 7月5日付日経新聞朝刊に掲載された、「7月12日に発売予定の「サマージャンボ宝くじ」を6割の人が購入予定」という記事を読んで、少々驚きました。
 私は競馬が好きで、ギャンブルも決して嫌いではないのですが、「宝くじ」は生まれてこのかた一枚も買ったことがありません。「ナンバーズ」などは面白そうだとは思うのですが、やはり買うまでには至りません。理由は簡単で、記事でも指摘しているとおり、宝くじの払戻率は40%台とかなり低く、平たくいえば「損」だからです。競馬にしても、払戻率は75%で宝くじよりはだいぶ高いですが、それでもこれまた長い目で見ればまず絶対に儲かりはしないでしょう。ただ、競馬には推理(予想)や観戦などの楽しみがあるので、その分、25%くらいなら胴元に巻き上げられてもいいかなと思うわけです。まあ、負け惜しみではありますが(笑)。その点、宝くじというのは買ったあとは当たり番号の確認しかやることがないので、これで6割方を胴元に持っていかれるのはいかにも割が悪いように思うのです。
 ところが、日経新聞の記事によれば、サマージャンボを「買わない」4割の人のなかで、「還元率が低い」から買わない、という理由をあげた人はそのうち14%に過ぎません(ちなみに、「競馬やパチンコの方が面白い」という人は5%弱しかいません。とほほ)。これはそもそも、宝くじの還元率が4割そこそこという事実があまり知られていないせいもあるのでしょう(まあ、なにも還元率が低いことをわざわざ宣伝する必要もありませんが)が、買わない人のなかには「損をするばかりで興味を失った」という人が3割以上いますから、買う人と買ったことがある人をあわせれば7割以上になることになります。今回のサマージャンボ宝くじの発売予定枚数は4億2千万枚(!)とのことで、確率的な値打ち(期待値)は120円〜150円しかない宝くじが300円で4億枚以上売れるというのは、日本人はよほど宝くじが好きなのでしょう。
 日本人の(日本人だけかどうかは国際比較してみないとわかりませんが)こうした傾向を実証的に示す調査結果が、大竹文雄大阪大学社会経済研究所教授のホームページに掲載されています(筒井義郎・池田新介・大竹文雄(2004)「阪大における危険回避度実験および時間選好率実験」[PDF])。それによれば、「当選確率が30%以下の「くじ」に対して危険愛好的に振る舞う(一か八かに賭ける)人が多く、それ以上当選確率が高い「くじ」については、危険回避的に振る舞う人が多い」とのことで、大雑把にいえば、めったに当たらない(したがって価格は比較的安い)が当たれば大きい「くじ」は期待値以上の価格で売買されるいっぽう、当たりやすい(したがって価格は比較的高い)が当たってもたいしたことのない「くじ」は期待値以下でしか売買されない、ということです(後者は、「めったにはずれないが、はずれたら丸損になる」といいかえたほうがわかりやすいかもしれません)。具体的にいえば、1枚100円で、10%の確率で1,000円当たる「くじ」は好んで買う(100円以上、たとえば120円でも買う)のに対し、1枚9,000円で、90%の確率で10,000円当たる(逆にいえば、10%の確率で9,000円失う)「くじ」は敬遠されることが多い(9,000円未満、たとえば8,500円とかでなければ買わない)ということでしょう。ちなみに、サマージャンボ宝くじをこれにあてはめると「1枚120円〜150円で、1,000万分の1の確率で2億円、1,000万分の1の確率で1億円、500万分の1の確率で5千万円が当たり、その他にも多少の当たりあり」という「くじ」なら、300円でも買うという人が6割はいる、ということになりそうです。
 大竹教授は、こうした結果を人事管理に応用することができるのではないか、という感想を述べられています。たとえば、最近話題になっている職務発明の対価をめぐる巨額判決も、「めったに当たらないが、当たれば大きい」という意味では宝くじと同じだと考えることもできるのではないか、ということです。たしかに、先端分野になればなるほど、職務発明が成功するかどうかは研究者の能力に加えて「運・不運」も大きなウェイトを占めてきます。これまでの人事管理では、この「運・不運」の部分について、いわばその期待値を全員で適当に分け合う、すなわち運良く成功しても大きな報酬は得られないが、運悪く成功しなくてもそれなりの報酬が得られるようにするのが合理的だと考えられることが多かったように思います。しかし、こうした実態をみると、「運良く当たれば大きい」という処遇が多くの人を引きつけ、やる気を高める可能性もあるように思われます。なにしろ120円〜150円で300円の効果があるかもしれないわけですから、考えてみないのは損というものでしょう。
 ここで注意しなければならないのは、大竹教授も指摘しておられましたが、「たいていは運悪く外れるのだから、外れてもたいしたことはないようにしておかなければならない」ということでしょう。要するに、それなりの処遇は確保されたうえで、オプションとして「当たると大きい」をセットするということだろうと思います。また、宝くじを買わない、買いたくないという人もいるわけですから、いくつかの選択肢を準備して、そのなかから自分で選ぶ、という選択の余地を確保する必要もあるでしょう。
 たとえば、現行の月例賃金を「それなりの基本部分」と「数万円程度のオプション部分」とに分割し、オプション部分は個人が自分の判断で月例賃金と発明報奨金などの成功報酬とに振り分ける、ということが考えられそうです。たとえば、なにより堅実さを求めたい人は、オプションを全額月例賃金で受け取り、そのかわり大当たりを出しても報奨金は100万円くらいが上限、という選択をすることになります。その逆に、一攫千金を狙いたい人は、オプションを全額報奨金に振り向け、月々の賃金を数万円犠牲にしても、100回に1回の大当たりを出せば10億円の報奨金もありうる(月に数万円でも30年間では1,000万円くらいの違いにはなるでしょうから、100回に1回の当たりなら10億円でもいいという計算です)という選択をするわけです。その中間的な選択肢もいくつか設定して、あとは個人がその中から自分がいちばんやる気になるものを選べばいいわけです。当然のことながら、選択の結果がどうあれ自己責任であり、昨今の発明の対価をめぐる訴訟のような「結果論」が許されないことはいうまでもありません。
 この選択にあたっては、本人のやる気だけではなく、ライフスタイルも関係してくるでしょうから、独身のうちはギャンブリングな選択肢を選び、結婚して住宅ローンを抱えたら手堅い選択肢に変える、といった途中変更もできるようにしておいたほうがいいかもしれません(成功のめどが立ったから報奨金の多い選択肢に変える、というのはフェアとは思えないので、途中変更はギャンブリングから堅実の方向に限る必要はあるでしょうが)。宝くじの場合も「損をするばかりで興味を失った」という人がかなりの割合でいましたが、こうした人も堅実路線に乗り換えればいいわけです(もっとも、大竹教授によれば、いわゆる「損のこんだ」人は、それを「取り返そうとして」よりギャンブリングな選択をしがちだそうなので、どのくらい乗り換える人がいるのかはわかりませんが)。
 もちろん、組織としてのパフォーマンスを上げるためには一攫千金の人ばかりでは困るでしょうし、かといって堅実一本槍の人ばかりでもまずいわけですが、そこは企業の人材戦略で、採用や配属、人事異動などで対応していけばいいわけです。
 現実にやるとなると、報奨金をどのように計算するのか、といった問題もあり、なかなか簡単ではないかもしれません。とはいえ、ある程度の基本的な処遇が確保されるのであれば、自己責任による選択肢が増えることは働く人にとってもいいことだろうと思いますし、また、必ずしも技術者に限った話でもないだろうと思います。すでに類似の事例もあるようですし、より広く検討されてもいいのではないかと思います。

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