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現在、厚生労働省の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」で、労働契約法制に関する検討が進められており、4月には「中間とりまとめ」も発表されました。これは現行の労働法制をかなり根本的な部分から見直そうという作業で、非常に多くの論点を含んでいるうえ、すべての働く人、企業にもかかわりの深いものです。ところが、その重要性に較べると世間での周知度は著しく低い状態にとどまっています。 こうした状況に対する危機感からは、この7月6日には連合が「緊急ミニシンポ7・6 厚労省・労働契約法制研究会「中間取りまとめ」を読む」を開催し、「「労使委員会制度」「解雇の金銭解決制度」「雇用継続型契約変更制度」「労働時間法制の見直し」などの問題点を浮きぼりにした。」ということです(連合ホームページによる)。経営サイドも、日本経団連が中間取りまとめに対してパブリックコメントを提出したとのことで、今後、この問題についての関心が高まってくることが期待されるところです。 非常に多くの論点を含んでいますが、そもそもなぜ「労働契約法制」が必要なのでしょうか。6月10日付日経新聞朝刊「経済教室」では、同研究会の座長である菅野和夫明大教授が、労働契約法制定の必要性と、幅広い議論を求める論考を発表しています(平成17年6月10日付日本経済新聞朝刊)のでご紹介したいと思います。 菅野氏はこの論考で、まず非典型雇用の拡大など雇用の多様化、労働者の意識の変化、個別労働紛争の増加と紛争処理システムの整備の進展を指摘しています。これに対し、現行法制では労働契約上の諸問題はその大部分が裁判所の契約解釈に委ねられ、結果として多数の判例法理が形成されてきたものの、予測可能性の向上や、最近の大きな変化への適合という点に問題があると指摘します。そのうえで、「事前規制・調整型社会」から「事後監視・救済型社会」に移行するための法的インフラ整備のためにも、「労働者・使用者間の多様化し個別化する契約の内容を明確で適正な内容とし、紛争の防止と迅速・適正な解決をはかる」ための、「従来の労働基準法制のように罰則・行政監督を伴う公権的ルールと異な」る、「労働関係の民事ルールとしての『労働契約法』の制定」が必要であると主張しています。 その具体的内容としては、「採用内定、試用期間、配置転換・出向・転籍、懲戒、解雇、退職、労働条件の変更、有期契約など、労働契約の成立から終了までの全体にわたる体系的な、契約の標準的ルールを定める」としており、さらに「労働契約のひな型である就業規則の法的効力を明らかにすることも望まれる」としています。そして、「労働契約法におけるひとつの焦点は、労働条件の決定システム」と指摘し、労組の組織率が低下し、団交の機能が低下している中では、労働者と使用者の交渉力格差をより小さくする実際的なシステムとして、労使の代表委員で構成する労使委員会制度を整備し、その合意について契約上の一定の効果を与えることを提案しています。さらに、いわゆる「変更解約告知」に類似の概念の導入や、解雇の金銭解決などにも触れています。なぜかここでは触れられていませんが(厚生労働省の意向が働いたか?)、研究会の「中間とりまとめ」においては、「労働契約に関する包括的なルールの見直しを行う際には、併せて、労働者の働き方の多様化に応じた労働時間法制の在り方についても検討を行う必要がある。」と述べられていることも重要なポイントだろうと思われます。 さて、連合はもともと独自の「労働契約法案要綱骨子(案)」を作成するなど、「労働契約法」そのものについては導入を強く主張してきました。ところが、今回の「中間とりまとめ」については6月8日に「意見」を発表し、「労働者や労働組合のためにならない労働契約法」である、として反対の見解を示しています。労働契約法は必要だが、「中間取りまとめ」のようなものではダメだ、というわけです。 実際、連合のホームページで公開されている労働契約法の連合案をみると、原則として期間の定めのある契約はダメ、求人広告の記載を下回る契約はダメ、3か月を超える試用期間を定める契約はダメ、労働者の承諾なく労働条件(就業規則)を変更できる契約はダメ、労働者の承諾なく出向や転居つき配転を命じうる契約はダメ、……といった調子で、たしかに労働契約に関するものだと言えば言えるかも知れませんが、現実には労働契約の内容を規制するもの、それも事実上「最低基準」的なものがズラズラと並んでおり、どちらかといえば「労働基準法」ではないかという代物です。こういう「労働契約法」でなければ労働契約法を導入してはならない、と言われても関係者はちょっと困るでしょう。そもそも、具体的な内容以前の問題として、連合は「多様化・個別化」に批判的で、「事前規制」を重視するなど、今回の「中間取りまとめ」とは基本思想からして全く異なっています。 いっぽう、経団連も基本的に法制化は規制強化であり反対、というスタンスのようで、これまた経済活動の自由を求める立場からは当然のことかもしれません。 とはいえ、私は労働契約法制については経営サイドも入口から全否定するのではなく、むしろ一定の必要性は認めてしかるべきではないかと思います。労働契約においては、労働者は必ず自然人であること、使用者と労働者に圧倒的な交渉力格差があることなどを考慮すれば、まったくの契約自由でよいとは考えにくく、一定の規整がなければ、労働市場や労使関係は混乱し、労働意欲や能力開発、生産性などの面でも悪影響があるだろうことは想像に難くありません。であれば、採用、配置転換・出向・転籍、解雇、退職、あるいは労働条件の決定・変更といった基本的な事項については、それなりに常識的な社会的ルールを法定しておくことはやはり望ましいのではないでしょうか。とりわけ、昨今のように就労形態や雇用契約の多様化が急速に進展しするなかでは、秩序を維持していくためにそれなりのルールの明確さが求められるでしょう。実態が複雑化するほど、ルールは明確化されなくてはならないという、一種のトレードオフ的な関係があるのではないかと思います。 その際に重要なのは、連合がいうような労働契約法ではなく、本当の意味での労働契約法制、すなわち契約自由の原則を基本としたものとすることではないかと思います。菅野氏の「経済教室」では「多様化し個別化する契約の内容を明確で適正な内容と」するとされていますが、多様化・個別化に適切に対応していくためには、一律的なルールを決めてそれに形式的にあてはめていくのではなく、それぞれの個別の事情に十分配慮して、適切に判断していくことが必要です。したがって、労働基準法のような実体規制は避けて、契約における双方当事者の対等性を確保するための手続規制を中心とすべきでしょう。 すなわち、労働契約法制の導入は労働基準法の見直しと一体のものであり、労働基準法で労働契約に関する部分は労働契約法に移行するだけではなく、労働基準法の各規制についても、必要最小限に見直していく必要があるものと思われます。また、手続規制についても、個別の実情を最もよく知っているのは各企業の労使ですから、各企業レベルでの労使関係をベースとした手続を重視していくことが重要でしょう。なにをもって「適正な内容」と考えるかは、結局のところは当事者が適正と判断するかどうかによるのではないでしょうか。 また、そうした中で「予測可能性」を高めていくためには、一定の手続要件を満たしていれば「適正」とみなすという、一種のいわゆる「セーフ・ハーバー・ルール」的な考え方を極力導入していくことが必要ではないかと思います。もちろん、繰り返しになりますが、それは対等性の確保が大前提であることは言うまでもありません。 このような形で、労使の対等性が確保されたうえで、労使双方のニーズに応じたより多様な労働契約が可能となり、かつ、予測可能性が高まって紛争が予防されるということになれば、これは労使双方にとってメリットが大きいのではないでしょうか。そして、今回の「中間とりまとめ」は、たしかにまだ全体として踏み込み不足であったり、あるいは個別論点にはさまざまな問題点があるわけではありますが、基本的にはそうした方向性にあると評価できるのではないかと思います。 労働契約法制には一定の必要性があることは認めつつ、それをよりよいものとする努力を重ねることが必要なのではないかと思います。研究会はすでに最終報告の検討を進めており、行政当局は来年には公労使による審議会で法案の検討に入りたいとの意向だと言われていますが、いささか拙速の感は免れません。根本的かつ広範な問題であるだけに、あわてることなく、しっかりと検討を進めることが望まれるのではないでしょうか。 |