「解雇の金銭解決」の相場観(17.8.25)



 労働政策研究・研修機構のホームページに「資料シリーズ No.4『解雇無効判決後の原職復帰の状況に関する調査研究』」(以下「資料」と表記)が掲載されています。機構の職員による調査のようですが、今回はこれを材料に「解雇の金銭解決」について考えてみたいと思います。
 現状では、解雇の無効が裁判で争われ、無効との判決が出た場合、その救済は原状回復、すなわち復職しかありません。とはいえ、実際問題として、解雇の無効を法廷闘争に持ち込んだ人が「なにごともなかったかのように」復職することは難しいというのは容易に想像がつくことで、現実に、解雇無効の判決が出ただけで「終わり」ではなく、その後に「それではいくら積めば退職するか」というしんどい交渉が続くことが多いというのは実務家の間では常識といっていいでしょう。そのため、裁判の時点で、復職ではなく金銭支払による救済を可能としようというのが「解雇の金銭解決」です。
 これは、先般の労基法改正の際には労働政策審議会の建議に「導入」が明記されていたにもかかわらず、労働サイドから「『手切れ金』を渡せば解雇が可能ということになりかねない」などとの強い抵抗があって見送られました。しかし、さすがに審議会で建議までされたものだけに簡単には立ち消えにならないようで、現在進行中の「労働契約法制」の検討の中で再検討されているようです。
 「資料」には、解雇無効の判決が出た後の救済の実態に関する先行調査結果が3件紹介されていますが、いずれも概ね復職が3分の1、退職が3分の2という結果になっています。また、中労委のデータから、過去20年の和解案件を職場復帰したものとしなかったものとに分けて集計した結果も紹介されており、年によって違いがありますが、平均的にはやはり退職が復職の2倍程度となっているようです。常識的に考えて、職場の同僚が解雇された人に同情的であれば復職も比較的円滑に進みやすいと考えられますから、解雇無効となったケースに限っても、解雇事件の原告は職場の支持を得られていないということでしょう(まあ、使用者も職場の支持がある人を解雇するようなことはなかなかしないだろうと思います)。結果として復職したなかには、交渉が不調に終わって金銭解決に至らず、職場の負担を承知のうえで復職させたケースもあるでしょう。こうした事情を考慮すれば、金銭解決の導入は少なくとも実務的要請であるとはいえそうです。
 さて、金銭解決の導入をめぐる主要な論点として、どのような場合に金銭解決を行うか、という問題があります。たとえば、裁判所が救済方法まで指定してしまうのか、裁判所は金銭解決の金額のみ決定し、復職か金銭解決かの選択は当事者の選択にまかせるのか、という問題があるでしょう。後者の場合はさらに、双方の合意がある場合のみ金銭解決を行うとするのか、一方が選択すれば金銭解決を行うとするのか、いずれか一方にのみ選択権を認めるのか、という問題もあります。
 労基法改正の議論の際にも、こうした問題が多々議論されましたが、実務的にみれば最も重要なのは金銭解決の金額であることはいうまでもありません。どのような場合に金銭解決を行うか、という問題も、金額水準が企業の支払能力を超えて高ければ事実上使用者の選択権は行使できなくなります。また、絶対額として十分に高ければ使用者の選択で金銭解決できるとしても保護に欠けることはないでしょう。実際、連合は金銭解決そのものに反対の姿勢をとりましたが、労働サイドの一部には、金額水準によっては金銭解決を行うほうが実質的に労働者に有利な救済となるケースがありうるとの判断から金銭解決を容認する意見もあったとききます。逆に、金額がそれほど高くない場合には労働者の合意を要するとしなければ保護に欠けるおそれがあるわけで、解決方法選択のあり方も金額水準に依存するわけです。今年4月に発表された「労働契約法制の在り方に関する研究会」の「中間とりまとめ」では、「事前に労使間で解決金の額の取り決めがある場合に限り使用者からの申し立てを認める」という方向性を示しています。たしかに、どれだけの水準であれば使用者による濫用に抑制力があるのか、どれほどの水準なら保護に欠けないのか、ということの判断のための情報をいちばん持っているのは個別労使でしょうから、「中間とりまとめ」の考え方はかなり合理的かもしれません。
 しかし、各労使はいったいその金額をどういう考え方で決めるのか、というのはかなりの大問題です。勤続の長い人や賃金の高い人ほど高くするのが自然だという考え方はあるでしょうが、年齢の高い人ほど期待できる勤務期間は短く、失われる利益も少ないという考え方もあるでしょう。また、企業の支払能力を考慮に入れるかどうかも議論のあるところではないかと思います。また、現実の解雇事件には、労働者にも一定の非はあるものの解雇は過酷に失する、というケースが多く(もちろん、純然たる整理解雇もありますが)、こうした場合には労働者に非がある分について金額を減じるのかどうかという問題もあるでしょう。支払能力や労働者の非の程度をどう考慮するかということまで事前に労使で取り決めておくことは至難の業です(労働契約法制の「中間とりまとめ」においても、個別のケースの実情によって異ならざるを得ないとされています)。また、仮に取り決めてもそれが不適切な場合、裁判所が取り決め自体を無効とすることも考えられるかもしれません。となると、企業労使が事前に取り決めるにあたっては、裁判所が解決金を決定する際の考え方を踏まえておくことが重要ですが、裁判所の考え方は現時点では不明です(民事賠償で参考となる裁判例などはあるのかもしれませんが、不勉強にして知りません)。行政が最低基準などのガイドラインを示すというアイデアもあるようですが、それにしてもそれをどういう考え方で決めるのかという問題があります。
 こうしたことを考えるには、すでに現実に行われている金銭解決ではどのような水準になっているのか、というのが重要な参考データになるでしょう。しかし、そもそも金額が公表されることはおよそ考えにくいうえ、個別のケースはそれぞれ内容も背景もさまざまでしょうから、一般的な傾向をとらえることは非常に困難だろうと思います。「資料」は、労働事件の代理人となることが多い「日本労働弁護団」と「経営法曹会議」のメンバーである弁護士を対象とする独自アンケート調査の結果を紹介しています。これでもなお、常識的に考えて十分な回答は期待すべくもないわけで、実際に回収率は約4%、6%という低率、回収数も53、25という少数にとどまっています。回答内容についても、「資料」も言及しているとおり「各団体の立場が比較的明確であることから、回答者が自らの立場にとって有利な判断・結論が得られた事件を選別して回答した可能性を否定できない」わけではありますが、それでも現状では最善のデータとして貴重なものではないでしょうか。
 で、その結果をみると、判決が出たケースで最低2か月〜最高202か月、平均43.67か月、和解で終わったケースで最低1か月〜最高95か月、平均14.26か月となっているようです。これは係争中も雇用されて就労していれば得られたであろう過去賃金(退職金を含むかどうかは不明ですが、水準から推測すると含むようです)ので、それを除いた金額をみると、判決が出たケースで最低マイナス12か月〜最高60か月、平均8.11か月、和解で終わったケースで最低マイナス50か月〜最高64か月、平均2.80か月となっているようです。
 判決や和解までに要した期間は、最長でそれぞれ148か月、105か月、平均でそれぞれ33.79か月、12.70か月ということです。過去賃金は法定利率で現在価値に置き換えられるのでしょうから、長期化したケースで解決金が高額に膨らむのは当然でしょう。過去賃金は解決期間の長短で変動するので、基本的には判決が出たケースの過去賃金を除いた平均である8.11か月が一つの考慮材料になるのではないかと思います。
 もう一つの材料として、希望退職時の割増退職金の水準も参考になるでしょう。これまたまとまった調査結果はすぐには見当たらないのですが、報道などをみるかぎり、勤続や年齢などに応じて、最大で三十数か月というのが相場のようです。関西電力の早期退職優遇制度では、実に年収の3年分といいますから、50か月を優に超えるという例もあります。もっとも、ニュースになるケースですから当然有名企業、労組のある大企業が多いので、そうでない企業の例まで含めればもっと低いと考えるべきでしょう。
 それでも「8.11か月」に較べるとだいぶ高いわけですが、希望退職の場合は従業員には特段の非はなく、基本的に経営事情のみですから、従業員にも一定の非があることが多い解雇事件に較べて高くなるのは当然です。
 それに加えて、割増退職金には、当分の間適当な職が見つからない可能性があることへの配慮、あるいは早期引退して老齢年金が支給されるまえでの「つなぎ」としての意味合いなども含めて、上乗せが行われていることもやはりあるでしょう。これに関しては、解雇の解決金についても、過去賃金はないとはいえ、やはり一定期間分の賃金保証はあってしかるべきだろうとも思われます。
 いっぽうで、希望退職を実施する場合はそれ相応の経営上の必要性がある、経営悪化の事実があるわけで、経営が好調であるにもかかわらずなんとなく気にいらないから解雇した、といったケースについてはさらに高額(事実上金銭解決が使えないくらい)でいいのではないか、という考え方もあるでしょう。
 こう考えると、裁判所が解決金を決めるにあたっては、希望退職の割増退職金の世間相場を目安に、経営上の解雇の必要性や支払能力を勘案して、労働者に非がない場合の解決金を計算し、そこから労働者の非の程度に応じて(解雇が正当な場合は当然解決金はゼロなので)過失相殺的に減額する、ということになるのでしょうか。実際には、まずは労働審判制度で解決、救済されるというケースも多く出てくるでしょうから、その解決例の蓄積の中から、一定の相場観のようなものが見えてくるのかもしれません。
 企業はすでに、非典型雇用の活用などにより、景気の悪化や需要変動などによる解雇を極力回避する方向で対応を進めていますし、労基法改正で解雇権濫用法理を明文化するなど、合理性のない解雇を防止する努力も進められています。となると今後は、解雇の合理性の判断が難しい事件の割合が上昇することが予測されます。そうしたケースでは、金銭解決のオプションがあることが解決・救済の多様性という意味でも望ましく、選択肢として有効に働くという観点からも、適正な金額水準の相場形成が期待されるところです。

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