月間残業100時間で医師の面接指導を義務化(17.2.3)



 労働政策審議会は昨年末、「今後の労働安全衛生対策について」を建議しました。この1月24日には、労働政策審議会安全衛生部会で、この建議をふまえた改正法案の検討がはじまっています。
 今回の法改正は「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」および「過重労働・メンタルヘルス対策の充実」となっており、特に後者は一定時間以上の時間外労働等を行った労働者を対象とした医師による面接指導等を行うことを事業主に義務づけるというもので、企業の人事管理に広く影響することが予想されます。
 これに関しては、いわゆる「過労死」の労災認定基準が改定されたことを受けて、すでに平成14年には通達「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(平14.2.12基発0212001号)が出され、「労働者の時間外労働等が月45時間を超えた場合には産業医等に当該労働者の情報を提出して事業主が助言指導を受ける」「月100時間、あるいは2〜6ヶ月平均で月当たり80時間を超えた場合には加えて労働者本人にも産業医等の面接指導を受けさせる」といった行政指導が展開されてきました。今回の法改正は、その一部を法律で義務化するというものです。
 具体的には、「事業者は、1週当たり40時間を超えて行う労働が1月当たりで100時間を超え、疲労の蓄積が認められる者であって、面接指導に係る申出を行った者に対し、医師による面接指導を行うとともに、その結果に応じた措置を講じなければならない」というのが基本です。労働基準法の労働時間に関する規定の適用が除外される管理監督者については、「月100時間超」との基準を外し、本人の申出のみで面接指導を行うとされています。時間管理はともかく、健康管理に管理監督者もなにもない、というのは理解できる話です。また、法定健診と同様に、労働者が事業者が行う面接指導を受けることも義務化される、すなわち労働者は面接指導を拒めない(ただし、事業者の指定する医師を拒んで、他の医師による面接指導結果の提出にかえることはできる)こととされるようです。本人の申告によって面接指導を受けるのならこうした規定は不要のはずですが、今回はそれとともに、事業者の努力義務として「事業場で定めた基準に該当する労働者」に対しても面接指導の実施等を行うように、とされていますから、この場合には労働者が「面倒だ」などとの理由で面接指導を受けないことも考えられるわけです。
 建議はこうした施策を実施する根拠として、「現在の医学的知見によれば、長時間の時間外労働など労働者に過重な労働をさせたことにより疲労が蓄積している場合には、脳・心臓疾患発症のリスクが高まるとされていることから」としていますが、実際には労働時間そのものではなく、睡眠時間の確保が根拠となっているようです。
 まず、5種類の疫学研究によれば、睡眠時間が5時間以下になると、睡眠時間が6〜8時間の場合と比較して脳・心臓疾患を発症する危険性は1.8〜3.2倍という結果となっている、ということで、この「5時間」を確保できなくなるなったら何らかの対策が必要、といいます。そこで、1日24時間のうち、所定内労働時間を8時間とすると、残りは16時間です。さらに、休憩時間、通勤時間、食事や入浴などで6時間必要であるといいます。まあ、そんなものだとすれば、残りは10時間になります。これが時間外労働と睡眠時間であり、したがって1日5時間の睡眠を確保するには時間外労働を5時間以下に抑える必要がある。そこで、1日5時間に1か月の労働日数20日を掛け算すると月100時間となる・・・という理屈のようです。
 労働者の健康確保は当然重要ですし、睡眠時間を根拠とする規制にも一応の説得力はあるように思います。とはいえ、問題点や懸念がないわけではありません。
 従来の通達に対しては、「職種や就労形態が違うにもかかわらず、一律に45時間、100時間といった規制を適用するのはおかしい」との疑問がありましたが、それについては一応「睡眠時間」という理屈でそれなりに説明はされたと思います。その一方で、「1日5時間以上の睡眠時間」という趣旨であるならば、「所定労働時間8時間」が存在しない休日に時間外労働を行った場合は、睡眠時間には影響がないことが多いはずですから、「週40時間を超えて行う労働が月100時間」という基準には矛盾があるのではないか、という問題が発生します。極端なケースですが、週40時間を超えて行う労働が仮に月間120時間あったとしても、うち80時間を週末の休日に行っていれば、厚労省の計算でいけば少なくとも睡眠時間については毎日8時間が確保できるということになるはずです。
 また、労基法上の管理監督者については月100時間の基準を設けず、本人の申出のみにするとされたことにも違和感を感じます。これはおそらく、経営サイドとして「使用者に労働時間把握の義務がないのだから」との異論があったのだろうと推測されます。それはたしかにそのとおりですし、そもそも管理監督者以外についても労基法上本当に使用者が労働時間把握の義務を負うのかには疑問もあります(少なくとも明文の規定はありません)。これについては、厚生労働省は労基法が時間外労働に対する割増賃金の支払を義務づけていること、および割増賃金計算を記載した賃金台帳の保存を義務づけていることを根拠に「義務を負う」との見解ですが、ということは労基法上の労働時間把握義務は賃金計算のためのものということになります。
 であれば、これとは別に、使用者の安全配慮義務のひとつとして、管理監督者をも包括する労働安全衛生法上の使用者の労働時間把握義務を設定したほうが明快ではなかったかと思います。違いとしては、労基法上の管理監督者も健康管理は必要なので、これらの人も対象となることのほか、割増賃金の計算のような厳密さ・正確さは必要ありません(時間外労働が99時間、100時間、101時間では、割増賃金は明らかに異なりますが、健康管理という面ではこれらを厳密に区別する必要はない、ということです)。したがって、把握の方法も一定の精度が担保されれば足り、たとえば労働者の自己申告でもまったく差し支えなく(そもそも、今回の法改正では労働者の申出を要件としているくらいですし)、あるいはタイムカードや入退場管理システムなどから機械的に算出される在場時間で代用しても問題ないでしょう。実際、業務ではないけれど、自分の勉強のために職場に居残っている、といった時間は、当然割増賃金支払の対象(たる労働時間)にはなりませんが、こと健康確保という観点からは一種の労働時間のようなものとして管理したほうが望ましいともいえます。これは、いずれホワイトカラー・エグゼンプション制のような形で労働時間管理の除外範囲が広がった場合に健康確保をはかる上でも有意義でしょう。また、実務の現場にとっては、健康管理と割増賃金とをセットにして監督行政が恣意的に介入してくるという事態を回避するという意味でも重要なポイントではなかったかと思います。
 実務的な問題点としては、これは建議でも言及されていますが、産業医をおく義務のない小規模(50人未満)事業所が面接指導する医師を確保できるか、という問題があります。これについては厚生労働省は十分実施できるよう支援体制をとるとしており、日本医師会も全面協力するとのことです。しかし、医師会は厚労省に云われれば協力すると答えるのは当然で、はたして点数の低い(だろうと思います)面接指導にどれほど医師の協力が得られるのかは慎重にみておく必要があるのではないかと思います。
 将来への心配点としては、なんといってもこの月100時間という規制が導入されたことをきっかけに、これがやがて85時間になり、70時間になるというように、なし崩しに規制強化が行われることが懸念されます。そもそも、睡眠時間確保という理屈である以上、これ以上の規制強化はありえないはずですが、平成14年の通達の当時から、これが過労死や健康障害もさることながら、雇用失業情勢がなかなか改善しないことに対する厚労省のいらだちが背景にあるとの観測がしきりになされていたように思います。万一そういうことがあるとすれば、今後、理屈に合わない規制強化が進む危険性もなくはありません。
 また、面接指導は本人の申出による、とされていることも、業務や働き方の実情や体力、健康状態の個人差に応じた適切な対応という点に加えて、労働者本人の自己管理に対する意識付けという意味でも優れたしくみであり、これを一律に義務化するような規制強化も望ましくないといえましょう。
 このように、いろいろと問題点や懸念はあるものの、今回の法改正そのものは、それなりに妥当なものであると評価できるのではないかと思います。現在の常識で考えれば、週所定40時間で残業が月100時間というのは多くの場合明らかに働きすぎであり、健康確保の観点から本人の申出に対応することも必要だろうと思われます。大切なことは、政労使のそれぞれが、健康確保という目的のために過不足のない適切な取り組みを、節度をもって進めることではないかと思います。

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