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 新聞各社の記事によると、日亜化学の青色発光ダイオード製法特許の対価をめぐる訴訟で、日亜化学が原告の中村修二氏に発明の対価として約6億800万円、遅延損害金約2億3,000万円を加えて総額8億4,000万円を支払うということで和解が成立したそうです。この事件では昨年1月、発明の対価を約600億円と認定する地裁判決が出て控訴審が争われていましたが、東京高裁は昨年末に判決期日を3月28日に指定する一方、和解を勧告していました。とにもかくにも、非常識極まりない一審判決が1年ちょっとという迅速さで是正されたことは、おおいに歓迎したいと思います。昨年の特許法改正(不十分なものではありますが)ともあいまって、この問題はそれなりに整理が進んできたと見ていいでしょう。
 報道によると、今回の和解は係争されていた青色発光ダイオード製造の基本特許だけではなく、原告が関与したほかの特許についてもすべて含んだものだということです。その一方、金額の算定にあたっては高裁は将来の売上について「代替技術が出現する可能性がある」として低く見積もり、また、特許による利益についても、地裁が売上の10%としたのに対し、高裁は3.5〜5%としたようです。これらにより、特許の範囲は広げたものの特許による利益は逆に約120億円と大幅に減少し、さらに地裁が50%と認定した原告の貢献度についても5%と大きく見直したことで、結果として「すべての特許に対して合計6億円」との金額が出てきた、ということのようです。
 したがって、高裁としても発明の利益を見積もり、それに発明者の貢献度を乗じて対価を決め、これを現実に支払われた発明報奨金などと比較するという方法については、地裁と同様に、従来のものを踏襲したということになります。これは、仕事の成果に対する対価としてより重要な、昇進・昇格、あるいは研究開発予算などに関する権限の拡大、さらには研究テーマの選定などといったより魅力ある、自分の技術力を高められる仕事といった、「処遇」による報奨を、「貢献度」にドンブリ勘定してしまっていて、きちんと評価していないという点で不満が残ります。中村氏はあちこちで、この特許に対する報奨金がわずか1万円だと言ったら米人研究者に「奴隷」と言われた、という話をしていますが、それはある意味当たり前の話で、雇用保障と処遇による報奨の組み合わせという日本企業の人事管理をを捨象して、報奨金の部分だけをみれば差があるのは当然です。
 逆にいえば、人事管理の観点、「処遇」の見地から、この6億円という金額の妥当性を評価することもできそうです。
 原告の中村氏は、1999年に日亜化学を退職しています。現在50歳ですから、45歳で退職したことになります。日亜化学によれば、「退職する直前には、主幹研究員という、当社では部長待遇の研究員でした。40代半ばでしたが、給与は当社の役員の平均を上回る額を貰っていました。当社での彼の同期と比べれば当然最高額でしたし、他社へ入社した彼の同期と比べても決して低い額ではなかったはずです」ということです。いっぽうで、経営陣との対立から閑職におかれていたとの話もあるわけですが、少なくとも肩書や待遇のようなすぐにわかるようなことでウソはつかないでしょうから、現実の仕事はともかくポジションと給料はかなりのものだったとみていいでしょう。日亜化学の役員の平均を上回り、他社(これは一流大企業をイメージしているのでしょうが)に就職した同期よりも高いということになると、年収2,000万円くらいでしょうか。そこで、経営陣と衝突せず、退職せずに順当に昇格して、社長はともかく技術担当副社長くらいまでは順当に行ったとしましょう。日亜化学は業績も好調ですから、副社長の年収は5,000万円くらいは見てもいいでしょう。45歳2,000万円から65歳5,000万円までリニアに年収が上がったとすると、この間の総額は7億円です。これに退職慰労金が加わりますし、さらにその後も、相談役なり顧問なりで処遇されるでしょうし、社会保険料の会社負担分や出張旅費(最先端技術だけに非常に頻繁に海外出張していたらしい)、秘書、社有車と運転手、などといったことまで考えに入れれば、退職によって10億円以上のものを棒に振ったと考えられます。さらに、自分のやりたい研究に取り組むことができ、必要な高額設備・材料も購入できるといった権限(これは技術者にとっては給料以上に魅力的かもしれません)も手放したわけです。これはちょっと金額では評価できそうにありません。
 もちろん、これだけの技術者が勤続していれば会社に対してさまざまな貢献をしたでしょうし、退職後も日亜化学で培った技術力を生かして収入を得ていることも考慮に入れる必要はあるでしょうが、それにしても中村氏が退職しなければ日亜化学は10億円以上をその処遇に費やしたであろうことはおそらくは間違いのないところで、そう考えると、いたって大雑把で感覚的な評価ですが、6億円という金額はひどく高すぎるということはなさそうにも思われます。
 要するに、中村氏は退職することで受けるべき処遇を受けていなかったわけで、雇用保障と処遇をパッケージにした日本企業流の報奨を受けきれていなかった、ということになります。もちろん、それはそれで退職したほうの勝手だろう、勤続を前提にした報奨なのだから、退職する以上それは放棄されるべきものだ、という議論は十分ありうるものであり、別の論点だと思いますが、放棄したかどうかは別として、払うならこれくらい、とはいえそうです。日亜化学としては、全特許一括で今後の訴訟リスクがなくなることも考えれば、遅延損害金を積んでも和解してしまうのが合理的というのはわかる理屈です。
 そう考えると、他の事件、たとえば味の素事件などをみると、定年までしっかり勤続し、退職金も受け取り、年金の権利も確定して、失うものがなくなってから提訴するというケースが多くなっています。たとえば味の素のケースでは、60歳定年までしっかり勤務し、研究所長や子会社の社長として処遇されて、取るものはしっかり取ってしまってからの訴えです。もちろん、それでもなお、本来はもっと厚遇されるべきであったから、1億5,000万円という金額はその差額として妥当である可能性はあるでしょう。いずれにしても、これまでの裁判所の判断はこうした観点を検討していない点が大いに不満です。
 さて、各種報道などをみると、企業の発明報奨金にスポットを当てたものが多いようです。まあ、現実の判例動向や、特許法の改正などを踏まえれば、企業としても発明報奨金が重要な課題になっていることは事実でしょう。しかし、やはり日本企業においては雇用保障と処遇による報奨のほうがはるかに重きをなしていることを考えれば、むしろ技術者の基本的な処遇をどうするかという問題のほうが大きいのではないかと思います。少なくとも、入社前における人的投資は、技術者のほうがいわゆる文系よりかなり大きいはずで、企業の初任給や賃金体系がその投資を回収できるものになっていなければ、学生が理系から離れるのは当然と言わざるを得ません。
 また、中村氏はこの和解について記者会見で「100%負け」と発言し、「実力主義で大変だが、やる気のある理系の人は米国へ行くべきだ」と述べたそうです。これはまことにそのとおりで、やる気のある、すなわち自分の技術をもとに自分でリスクをとって起業し、成功して巨利を得たい、という人は、そのための研究・起業の環境が整い、しかも経済力が強く成功の確率が高い米国に向かうのが合理的な判断といえましょう(これはなにも理系に限ったことではなく、文系でも似たようなものでしょう)。当然、カネの調達、設備や資材、人手の手配からはじまって、企業勤務なら誰かがやってくれるさまざまな仕事も自分でやらなければなりません(実際、中村氏も渡米して「4倍忙しくなった」と述べているようです。まあ、中村氏ほどの実績があれば、リスクも手間もそれほどのものではないでしょうが)。逆に、リスクを取れない(中村氏流に言えばやる気のない)人は、雇用や労働条件の安定を求めて企業の勤務技術者になればいいわけで、それは個人の自由です。結局のところ、リスクを取らずに来た人が成功した瞬間にリスクを取ったのと同じ対価を求めるところに矛盾があるのであり、中村氏のこの発言ははからずも自らその矛盾を示したものといえましょう。
 いっぽう、近年では独立支援制度のなかで、技術者が職務発明を生かしてスピンオフする際に企業も出資したり、あるいは取引先となったりすることで、起業を支援するという例も増えているようです。これは、うまくいけば技術者は大きな利益を得られますし、企業も出資者としての利益を得たり、技術力に優れた仕入先を確保できるなどのメリットが得られます。このように、いろいろなくふうをこらして、技術者の様々な志向にこたえることができるようにすることが、企業・技術者双方にとって望ましい方向ではないでしょうか。

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